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            日常の風景   NO.0231
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彦根の悲劇

近所の特定郵便局に用事があってちょっと立ち寄る。
郵便局がある場所は、昔は牢屋町と呼ばれていた。
郵便局の道路を挟んで、ちょうど向いに地蔵堂がある。

風雨にさらされ、小ぶりで古びてはいるが、
石垣の土台を据えてなかなか、立派なものである。

だが道路からはコの字型のエポックになった奥まった場所にあり、
この地蔵堂に目を止める人はすくないであろう。
まして、地蔵堂の前に立っている石碑に気が付く人も
ほとんどいないのではないだろうか?

石碑には、牢屋跡。
長野善言、宇津木六之丞、斬首之処とある。
長野善言(よしとき)とは長野主膳のことである。

長野主膳といわれて、すぐにぴんときた人は、
かなりの歴史好きか、幕末の歴史に詳しい人だと思う。
長野主膳は国学者である。桜田門外で水戸の浪士に暗殺された、
彦根藩主井伊直弼の数少ない参謀のひとりである。

同じ日に、井伊直弼が青年時代を過ごした、埋もれ木の館の前も歩く。
そして井伊直弼と長野主膳、それに「花の生涯」のヒロイン、
たか女と呼ばれた、村山たかのことを考える。

三人は、この埋もれ木の館でほんとうにすてきな青年時代を過ごしたのだと思う。
三人とも権力やお金には無縁で貧しかった。
直弼は藩主の十四男で、部屋住みのままその一生を終えるはずだった。
主膳は浪人で、彦根のはずれで私塾を開き、細々と喰いつないでいた。
たか女は元祇園の芸妓で男の子の私生児をかかえていた。

だが三人とも、芸術や学問をこころから愛し、精神は豊かだった。
和歌を愛し、茶道を極め、鼓をたしなみ、
直弼はその上、禅や槍術、居合術にまでその才能を発揮した。
きっと素晴らしい結びつきだったに違いないと想像する。

ところが、運命のいたずらである。
井伊直弼に吹く風が、ある日降ってわいたように白から緑に激変したのだ。
風さえ吹かなければ、いい友達として、
文化人として、素晴らしい生涯が送れたような気がする。

井伊直弼は安政7年(1860年)桜田門外の変で暗殺された。享年46歳。
長野主膳は文久2年(1862年)彦根で斬首・打ち捨ての刑に処された。享年48歳。
村山たかは文久2年(1862年)三条河原に3日3晩晒されたが、女性ということで死罪を免れた。
後年京都の金福寺で出家し妙寿尼と名乗り、明治9年(1876年)に亡くなった。

長野主膳が断首されるとき、一瞬首筋に風を感じただろうか。
若き日の直弼やたか女のことを思い出しただろうか。
もし、わたしが主膳を主人公に小説を書くとすれば(もう書けないが)
ラストは、きっと若き日の埋もれ木での回想をさわやかに描いて終るかも知れない。



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sceneryの風景

善言(よしとき)地蔵と、埋木舎の写真です。

http://www.imagegateway.net/a?i=L9ukfXQFLq

図書館で「彦根市史」などという、分厚い何十部もある本を見ていると、
「桜田門外の変」についてもしっかりとした資料が残っていました。

当日、井伊大老に従っていた供回りは26名です。
それが、18名の水戸浪士に不意に襲われ、
その場で切り死にしたのが、8名。
残りの18名はなんとか助かっています。

しかし、市史を読み進めると、助かった人も、ここからが悲惨なのです。

300年間も戦争がなかった当時の侍は、官僚だったと思うのです。
その官僚が、何の準備もなく、突然刀を持つ集団に切りつけられた。
充分に戦えなかったのは、当然です。

ですが、生き残った18名。故郷の彦根では非難の的になりました。
7名が死罪。8名が入獄(内脱走4名)3名が処分保留、入獄前脱走、不明。
ということです。

現在はなんの変哲もない、牢屋町(現在は城町と町名が変更されている)ですが、
ほんの150年ほど前には、このあたりでいろんなことがあったのです。

彦根史市は事実だけが記述された、無味乾燥な資料です。
それだけに読み進めると、かえってやりきれない気がします。

でも、当日の供回りの侍に同情する人も多かったようで、
脱走者が多かったのは、その所為だとも書いてありました。
ひとしずくの救いのようでもあります。

ちなみに、長野主膳や宇津木六之丞に彦根藩失政の全責任を負わせた結果、
その後に吹き荒れる風、王政復古の政局に巧みに対応することができ、
いち早く新政府軍にも加わることができました。

政治の風に翻弄された、長野主膳の死にある種の意味が見いだせるのは、
この一点だけだろうと思います。



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