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            日常の風景   NO.0237
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皆生温泉にて

鳥取県にある皆生温泉は、名前だけは聞いていた。
しかし、聞いていたという表現はあやまりであることがわかった。
活字でのみ知っていたという表現の方が正確である。

今まで(かいき)温泉だと思い込んでいたのである。
皆生温泉は(かいけ)温泉だということを今回はじめて知った。

青春18きっぷを使っての旅であるから、
彦根から皆生温泉まで、鈍行電車に揺られること8時間46分の長旅である。

宿泊したホテルは、まあ、そこそこ一流のホテルであるが、
客が少ないのだろう、ホテルの玄関には、景気づけに
わたしの苗字が、まるで団体名のような、黒々とした大きな字で書かれていた。

早速、8階にある大展望風呂にゆく。
大きな湯船が2つと、中央にはテラスに突き出たような露天風呂がある。
50人以上は楽に入れそうな風呂場に、客はわたしがたったひとり。
このような雰囲気は嫌いではない。いい気分である。

湯船に立つと、おおきな窓から、日本海と温泉街の街並みが見える。
たっぷりとあふれ出している湯に浸かると、窓に映り込むのは、
初秋の青空と、真っ白なちぎれ雲。

露天風呂にも入る。
日中の露天風呂は、太陽が照りつけ、お湯がきらきらとひかっていた。
湯船の底に、お湯と太陽の作用で複雑な模様がゆらめく。
ときおり吹きつける潮風が、なんともいえずここちよい。

露天風呂から見下ろすと、すぐ近くに海水浴場が見えた。
もうシーズンオフだが、子供がふたり防波堤のある海岸で、砂遊びをしている。
犬が2匹、飼い主に連れられてその近くにいた。
一匹の犬は、大胆に海に入っているが、
もう一匹は波を怖がって、波が来るたびに、逃げ回っていた。

夕食の時間までにまだ時間があったので、相棒を誘って散歩する。
きれいに整備された海水浴場に、あまり人影はない。

打ちよせる波に濡れた、黄金色の砂浜が、絶好の散歩道に見えたので、
相棒を誘ったが、波の周期をじっと見つめていた相棒に、きっぱりと断わられた。
わたしひとりが波打ち際を歩く。
海水に濡れて堅くなった砂浜の感触が、足裏にここちよく感じられた。

そこに、お約束というべきか、お決まりのコースというべきか、
突然、今までに比べて大きな波が砂浜を洗い、ついでにわたしの足も洗った。
旅館の草履はもちろん、ズボンのすそも濡れた。

防波堤の階段に座って、その様子を見ていた相棒は、
はじけるように笑い転げた。
ちょっと笑いすぎやろと、心のなかで突っ込む。

べったりと草履に付いた砂を落とすために、わたしも相棒の横に座る。
若い頃のように、ぴったりとはくっつかない、微妙な距離間、その間合い。
まだ相棒は笑っている。それはまるで少女のような華やかな笑いに感じられた。

その後は、黙ってただ繰り返される波を音を聞いていた。
くっつかなくても、話さなくても、
この間合いのなかに、長くふたりで過ごしてきた思い出が詰め込まれている。

楽しい時間よりも、多分苦しいときの方が多かったに違いない。
そんな人生をしみじみと振り返れるだけでも、旅はいいものだと思った。



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sceneryの風景

相棒は最近、おひとりさまの旅というのに、たまに出かける。
平均すれば、わたしがこの世にいなくなってからでも、
ひとりで10年は生きなくてはならないので、その助走としてはいい試みだと思う。

この間も、神戸の兵庫県立美術館にひとりでぷらりとでかけていった。
青春18きっぷをそのときに1駒だけ使ったので、
あとの4駒が余ってしまったのである。

だから、今回の旅を計画した。
そこそこに有名な温泉で、まだ一度も訪れたことのない温泉という基準で選ぶと、
このような長旅になってしまう。

でも、バスの旅とは違って、列車での旅は、
8時間でもそれほど気にならない。
お互いに持参したお気に入りの本を読んでいるうちに、
思ったより早く着いてしまうものである。

日本全国、JRの普通列車ならどこまで行っても2300円。
まさに、我が家にとって、青春18きっぷ様々である。



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