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            日常の風景   NO.0227
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水面のきらめき

桜をつぶさに観察してゆくと、花が満開になってゆく過程以上に
変化を感じるのは、花が散った後である。
散ってから一週間も経たないのに、薄桃色だった桜の木は、
鮮やかな緑にあっという間に衣替えしてしまう。

遠くから見ると、鮮やかな緑に混じって、
ところどころ紅色の部分も残っているので、
まだ、散っていない花もあるのかと近づいてよく見ると、花弁だけが残っている。
花弁のひとつひとつはまるで、極小の彼岸花のようである。

春になったというのに、天候が安定しない。
今朝は、冬型に逆戻り。
太陽は照っているのだが、風が強く冷たい。

風に逆らうように、お堀端の遊歩道を自転車でゆっくりと移動する。
お堀の水面を、ほんの一部分だけ、太陽のかけらと水とがたわむれている。
光の数は、ひとつふたつと数えられるほどなのだが、
常にその位置を変化させ続けているので、実際よりは多く見える。

ちいさく限定された、水面がひかる部分が、
わたしの自転車の移動に合わせてついてくる。

お堀の大部分が、陽光を反射してきらきらと輝く光景は何度も目にしてきた。
だが、石垣の影でひかるそれらの光は、わたしになつくかのようにどこまでもついてくる。

ためしに自転車を止めて見る。
光はたわむれ、刻々とうつろうが、ひかる水面そのものはわたしの動きに合わせて止まった。
多分、太陽の位置と、水面の波と、風がつくりだした偶然だろう。

自転車がかぎ型になった石垣のコーナーを回った途端、
お堀の水面全体が、ドカンと爆発したような燃える輝きを見せたかと思うと、
次の瞬間、すべての光が消えてしまった。

わたしはもう一度、水面のちいさな光を見つけようとしたが、
その可憐な現象を再び見つけることはできなかった。

あきらめて、水面から視線を外したとき、
太陽のかけらは消えたのではなく、爆発した瞬間に飛び散ったのだとわかった。

民家の二階の手すりに、マンホールの蓋に、遊歩道を区切るパイプに、
街を走るくるまのフロントガラスに、バンパーに、信号機の隅っこに、
街中に光のかけらはあふれていた。

駅に急ぐわたしは、列車の時間が気になって、
なにげなく腕時計を見た。
シルバー色の腕時計にも光は宿っていた。

まぶしくて、時計の針が見えない。
途端に時間などはどうでもよくなった。
現役時代とは違い、遅刻などという単語は忘れてもいい言葉なのである。

今のこの気分を楽しもうと、わたしはペダルをわざとゆっくりと踏み続けた。



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sceneryの風景

順調に育てば、桜が散ったあと花弁の先にはさくらんぼが実るのか普通だと思うが、
わたしは、彦根城のお堀端の桜にさくらんぼが実ったのをほとんど見たことがない。
染井吉野は人工的に交配された特殊な桜で、さくらんぼは実り難いのかもしれない。

水面一面に光が満ちて、次の瞬間に消えたという現象は、
ある種の芸能人とか政治家の人生を暗示しているのかもしれない。

一度あふれるような光を浴びて輝くと、
その光が消え去ることには耐えられなくなるのだろう。

できれば、目立たない小さな水面でいいから、きらきらと光っている人がいる、
そんな周囲を平凡に歩きたいものだと願っている。



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