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            日常の風景   NO.0228
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夜の堀端

お堀に沿って、両側には歩道を持つ、かなり広い道路が伸びている。
お堀寄りにある歩道は、観光用の遊歩道として整備されている。
できるだけ、自然な小道に見えるように造ってある。

特殊な舗装材を使い、表面にはごく小さな砂利を敷き詰めている。
茶色と灰色が混ざったような色も、無機質のコンクリートとは違い、
何とはなく温かみがあり、
足の裏にも歩道からの弾むような、柔らかな弾力を感じる。

遊歩道とお堀の間には、桜並木が続いており、
わざと荒々しく削られた、小さな角柱の御影石がくさりで手をつないている。
車道との境界は、深い植え込みであったり、銀色に光るパイプだったりする。

とにかく、観光客が気分よく散策できるように配慮されているのだ。

しかしそれは、観光客でにぎわう日中でのはなし。
まだ夜の10時にはなっていないのに、堀端をめぐる遊歩道の様相は、
昼間とは、まったく異なった貌を見せる。

堀端に人影はなく、車道を走る車の姿もほとんど見ることはない。
昼間はにぎやかな場所だけに、たったひとりで薄暗い夜を歩くのは、
なんとなく、不気味といえば、不気味なのである。
小学生時代に、夜の学校に行った、あのときの雰囲気に似ている。

もちろん夜の学校とは違い、お堀端の照明はきちんとしている。
10メートル間隔ぐらいに、江戸時代の行燈をイメージした、
おしゃれな明かりが、足もとを照らしているし、
車道の方には、外套も照らされている。

夜のお堀端には3つの異なった次元の空間が、パラレルに流れている。

中央が、底知れない深淵と深い闇を抱えたお堀である。
水もほとんど見えず、ただ暗闇だけがじっと息をひそめている。

そのずっと向こうに、夜間照明で明るく照らされた彦根城が
黒い木立の間から、空中に浮かぶように輝いている。

もちろん、わたしが歩いている遊歩道が現実世界であるが、
お堀の闇があちこちから触手を伸ばしていて、
その陰影が不気味な模様を歩道につくるのである。

一度、気味が悪いと思いだすと、昼間はくさりで手をつないでいるように見えた、
角柱の御影石も林立する墓標のように見え、
桜並木に混じってたまに植樹されている柳のだらりとした黒い影、
しだれ桜のしなりぐあいさえ、幽霊の陰のように見える。

そんなときである、全く見ることができなかったお堀の水に、
彦根城の天守閣が映ったのである。
深い闇の底から、突然湧き出してきたような輝く天守閣。

天守閣のあかりで、お堀の水が、細かく波立っているのも見えた。
3つの異なった空間が、ひとつの現実の世界に融合したようで、
あれほど不安に感じていた気分が、からりと晴れ上がったような気がした。



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sceneryの風景

遊歩道はまだべったりと濡れていた。雨上がりである。
朝から多分一日中降っていたのであろう。
大阪へ行くのに、彦根駅までいつもなら自転車で行くのだが、
かなり強い雨が降りやまなかったので、しかたなく車を運転して駅まで行った。

車で来たのだから、一日ぐらい飲まずに帰ってもよさそうなものだが、
そんなに意志薄弱な酒飲みではない。
堅い決意をもって悠然といつもの店でたしなみ、
駅から家までは、また悠然と歩いて帰ることにしたのだ。



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