*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*
            日常の風景   NO.0255
*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*

「1Q84」

書店の平積みのコーナーに村上春樹の新作「1Q84」Book3が、
山のように積み上げられ、それらが次々と売られてゆくのが、
NHKのテレビニュースになっていた。トップニュースだった。

それから、一ヶ月もたたないうちに図書館から「本が準備できました」
という連絡をもらったときには、正直なところすぐには信じられなかった。
渦中のまっただなかにある本だし、
多分一年ぐらいは待たされるだろうと覚悟していたからである。

Book2を図書館に返しに行ったとき、親切な図書館員に勧められて、
発売前から予約しておいたのが功を奏したのだろう。

すぐ目次に目を通した。気になっていたことがあったからである。
青豆、天吾以外に牛河という各章の語り手がひとり増えている。
しかし魅力あふれる女性の殺し屋、青豆は死んでいなかった。

わたしはなぜ、主人公である青豆が死んだと考えたのだろう。
ひとつには「1Q84」はBook2で完結したと思ったからである。
中途半端な結末で、村上春樹にしては失敗作だとも思った。

しかし「1Q84」にはサブタイトルがついている。
Book1 1月〜4月
Book2 5月〜9月

1Q84年というのは、現実の1984年とは微妙に時空がゆがんでいる一年のことだし、
すこし推理を働かせれば、その一年の残り10月〜12月が書かれて当然。
語り手である主人公が途中で死ぬこともないはずである。

若い頃なら絶対にしなかった勘違いである。
認めたくはないが、老人特有の思い込みというやつなのであろう。
やはり、時間とともに現実の世界とわたし自身がどこかで歪み、ズレてゆくのである。

「1Q84」の象徴的な主題のひとつ現実世界との
微妙な時空の歪みというはの、こうしてわたしの実感として刻印された。

Book3は、青豆は結局拳銃の引き金を引かなかった。
最後の瞬間に彼女は右手人差し指に込めた力を緩め、銃口を口から出した。
という説明をまくらにして、10月から12月までの物語が展開されてゆく。

「1Q84」のもうひとつの主題は新興宗教である。

村上春樹は地下鉄サリン事件以降、オウム真理教に深い関心を抱いた。
事件の関係者にインタビューしてまとめたノンフィクション文学、
「アンダーグランド」という力作の作品もある。

「1Q84」には「オウム真理教」だけではなく「エホバの証人」なども
明らかなモデルとして取り上げられている。
この小説では、現代社会の病巣と新興宗教という問題が、広範囲に渡りすぎて、
収拾がつかかくなった印象は否めない。

でも、村上春樹の神に対する考え方は、わたしが日頃感じていることを
明確な文章にしてくれた。

『神は教義も持たず、経典も持たず、規範も持たない。
報酬もなければ、処罰もない。
何も与えず、何も奪わない。
登るべき天国もなければ、落ちるべき地獄もない。
熱いときにも、冷たいときにも、神はただそこにいる』

神を仏という文字に置き換えても、まったく同じことである。

3冊を読み終えて、この小説が成功しているとはやはり言えない。
しかし、やはり簡潔でリズムのある文体。見事なストリーの展開。
特に青豆と天吾が1Q84年から現実の1984年に帰って来るときの、
破綻なく、説得力のある筆の運び。
新しいタイプのラブロマンスとして読めば楽しい。



----------------------------------------------------------------------
sceneryの風景

「1Q84」のなかでテーマミュージックのようにして繰り返し出てくる、
ヤナーチェクのシンフォニエッタを本格的に聴いてみた。
わたしの想像していた音楽とはまったく異なっている。

トランペットのファンファーレから始まる曲の出だしは、
確かに印象的で一度聴けば忘れられない。
スメタナ以上にチェコの土着的なメロディと形式で、
今までのヨーロッパ系の音楽の流れとは全く違い、
村上春樹らしい選曲だと納得させられた。

村上春樹の文学が、広く海外でも人気があり、読まれ続けているのには
ひとつの理由があると思う。

彼のずば抜けた英語力である。
気分転換に翻訳をしているという村上春樹は、
その力を彼の日本語の文体において、画期的なスタイルを持ち込んだ。

ほとんどの小説が、幻想的で、超現実的。
論理的にもあり得ない、カフカのように理屈の通らない世界を描きながら、
ひとつひとつのディテールは、明確、簡潔に描かれている。

わたしの貧しい英語力であっても、村上春樹の文章は、
英語に翻訳しやすい。

日本語のあいまいさが極力排除され、
透明でクリアな文章が積み上げられて、複雑な世界を描いている。
世界に向けての日本文化の発信者として、
次の機会にはぜひ、ノーベル文学賞を取ってほしい。

ただし「1Q84」は絶対に対象にはならない。
多分、最大に話題を集めた本とか、一番売れた本として記憶に残るかもしれないが、
村上春樹の代表作としては残らないと思う。



----------------------------------------------------------------------
発行者 scenery
north@arion.ocn.ne.jp
HP 日常の風景
http://www6.ocn.ne.jp/~scenery/

----------------------------------------------------------------------
日常の風景が本になりました。ご覧ください。
http://www.geocities.jp/scenery_jp2/book/book.html

----------------------------------------------------------------------
このメールマガジンは、

『めろんぱん』 (マガジンID: 2179) http://www.melonpan.net/
『メルマ』  (マガジンID: 50779) http://www.melma.com/
『まぐまぐ』 (マガジンID: 79888)   http://www.mag2.com/
『E-Magazine』 (マガジンID: scenery1) http://melten.com/

を利用して発行しています。

----------------------------------------------------------------------
メールマガジンの退会・解除は
http://www6.ocn.ne.jp/~scenery/  からお願いします
----------------------------------------------------------------------