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            日常の風景   NO.0243
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熱川温泉にて

早朝の露天風呂には、先客がひとりいた。
70歳はもうゆうに越えていると思えたが、
5分刈りぐらいに切りそろえられた髪の毛が剛毛で真っ白。

顔に刻まれた深いしわ、浅黒い肌。
年を取っていてもエネルギッシュな印象で、
若いころは肉体を使う仕事に携わっていたに違いない。

大浴場もそうだったが、この露天風呂も総檜作りの浴槽だった。
檜は檜でも、きれいな肌色の檜ではない。
どちらかというと黒ずんでいて、長年風雪に耐えしのんできたという貫禄のある檜である。

大浴場に掲げてある、古ぼけた墨の文字で書いてある能書きがよかった。
直径が2メートル、樹齢2000年にも及ぶ、古代檜で作られていると書いてある。
森林浴のリラックスできる何とかという成分も多く含まれており、
病院でも使用されていると書いてある。

巾の広い木製の塵取りのようなトユから絶えず流れ落ちるお湯を見ながら
全身を湯船に沈めると、古代檜の何とかという成分のおかげなのかどうか、
からだの芯からくつろげるような気がする。

「どこから来られました?」
隣の老人が機嫌のよさそうな顔で話しかけてきた。
こころもち微笑んでいる。

恐そうな印象だったが、意外に人なつっこそうである。
「滋賀県の彦根市です」
「ああ、彦根。行ったことある」
「どちらからですか?」
「わしか?宇治や」
見知らぬ老人とほどよい間合いで、ポツリポツリと短い会話が続く。

からだが火照ってきたので、立ち上がると、
目の前には、熱川温泉の全貌が見えた。
このホテルは山の中腹にある上、露天風呂のある場所は7階だった。

伊豆半島の先端部に近いところに位置するこじんまりとした熱川温泉。
目前には相模灘が広がり、太平洋の荒波が絶えず打ち寄せては白く砕けている。
海岸から山の手に林立しているホテルや旅館からは湯けむりが立ち上り、
海岸沿いの道路に植えられている背の高いヤシの木が、温かな地方を象徴していた。

「彦根文化プラザという建物があるやろ?」
「ええ、よくご存じですね」
「昔あそこで仕事してたことがあってな」
「へぇー、どのようなお仕事を?」

あたりさわりのない会話を続けているとき、
わたしの目の前にいくつものちいさな波紋が突然湧き起った。
心配していた雨が降ってきたのである。

露天風呂の半分は屋根に覆われているので、直接雨に打たれる心配はない。
温泉のお湯に雨粒が落ちる現象に目を凝らすと、おもしろい発見がある。
上から見おろす、雨の波紋は日常いつも見慣れているが、
雨の波紋を真横からじっくりと見つめる機会はほとんどないだろう。

ミルククラウンという現象がある。雨も同じである。
温泉のお湯では、さすがにクラウンはできないが、真横から見ると、
雨の落ちた中央部から温泉のちいさな湯柱が、リズミカルに立ち上っては消えて行く。

この雨では、今日予定している、箱根、大涌谷、芦ノ湖遊覧などは
とても期待できないだろう。
しかし、朝風呂にも入れたし、温まったからだに冷たいビールも、もう少し飲めそうだし、
温泉の旅というものは、間違いなく日本人の最高の贅沢です。



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sceneryの風景

すこし早いのだが、この熱川温泉旅行は
わたしがボランティアをしている「宅老所」のスタッフだけの
忘年会である。

スタッフといっても全員で6人しかいない。
利用されるお年寄りも10人ぐらいしかいない。
普通に生活されている家を、週に一度だけお年寄りに解放されているので、
もうスペース的に、これ以上増やそうと思っても無理なのである。

このような、ちいさなボランティアグループというのは、
ほんとうにささやかな活動しかできないが、
善意ではじめるボランティア活動の原点がいつもそこにあるような気がする。

以前には、同じような「宅老所」でかなり大きな組織に所属していた。
活動も週に3日行っていたのである。

利用者やスタッフも多かったが、組織が大きくなると、
利用者同士のもめごとも増えてくるし、スタッフの出勤日を調整したり、
会議で行事や手順を決めたり、コミュニケーションのツールとしてニュースを発行したりと、
本来のボランティア活動以外の仕事にエネルギーを使うことが多くて、みんな疲れていた。

今はとてもシンプルである。
利用者とスタッフが一緒に食べるの昼食の準備をしている女性スタッフの後ろから、
「次の誕生会はカラオケにしませんか?」と声をかけ、みんながうなずけばそれで決まりである。

WIIという任天堂のゲームがあるが、このWIIをインターネットにつなぐと、
一日歌い放題、わずか300円で家庭でカラオケができるのである。
現役のときに仕事で習得したインターネットの技術が「宅老所」ではかなり活躍する。

このようなちいさなボランティアグループが、地域にいっぱいあるというのが、
ボランティア活動のひとつの理想のような気がする。
ユーザーにとっても、スタッフにとっても。



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