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            日常の風景   NO.0251
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ヒルトンで読書

電話の相手が「いち、きゅう、はち、よん」と言っている。
わたしはよく理解できなかったので「えっ」と聞き返した。
相手の言っていることが村上春樹の小説「1Q84」のことだとわかるのに
時間がすこしかかった。

村上春樹のこの本がよく売れ、一種の社会現象のように報道されたのは
もう一年近く前のことである。NHKのニュースにもなった。
小説のなかに出てくるヤナーチェク作曲の「シンフォニエッタ」のCDも
またたく間に売り切れになったらしい。

彦根図書館にネットを通じて予約しておいた本だが、
人気がある本の順番待ちというのは、こんなもので、
ほとんど忘れたころにやっと順番が回ってくる。

ハードカバーの分厚いものが2冊。
自分なりに決めている一週間の予定はほとんど変更になる。
当然次の予約が入っている。礼儀としてできるだけ早く読まなくてはならない。

毎週土曜日に大阪に出かけて、英語とか将棋とかを楽しんでいるのだが、
こちらの方の予定もかなりの変更を余儀なくされた。

読書なら家で読んでも変わりはないはずなのだが、
週に一度、完全に家庭から離れて自由な外の空気に触れるというのが、
定年後のわたしの重要なリズムになっているので外せない。

大阪駅に着いて、近くの図書館か公民館で読むつもりだった。
だが駅近辺の地図を眺めても、めぼしい施設は見当たらない。
ふと、ヒルトンホテルという文字が目についた。

どうせ読書をするのなら、
おもいきり一流ホテルのロビーを利用するのも悪くないアイデアである。
ネクタイこそしていないが、Gパンとかではなく、
カジュアルではあっても、それほど違和感のある服装でもない。

白い制服に身をまとった、ヒルトンホテルのドアマンに丁寧なお辞儀をされて、
わたしは、ホテルの回転ドアをくぐった。
ロビーには、ふかふかのソファーとテーブルが30セット以上配置されていた。

わたしは堂々と空いているソファに腰をおろして、
回りを見渡した。
テーブルはかなりの人で埋まっている。
日本語だけでなく、英語、韓国語、中国語が飛び交う。

真上は、3階の広々とした吹き抜けになっており、
天井からは直径5メートル以上はありそうな
大型のシャンデリアがぶら下がっている。

シャンデリアからは天女が着る衣装を細く裂いたような飾りが垂れており、
快適な空調の風にきらきらと光っていた。

その場ですぐに本を鞄から取り出して読み始めた。
すぐに1Q84年の世界に取り込まれてしまう。
1Q84年は実際の1984年とは微妙に時空がずれている世界である。

青豆という女性と、天吾という男性の全く関係がなさそうな物語が、
交互に展開される。最初は二冊の小説を同時に読んでいるような気分である。

青豆はいわば、現代版の仕置き人ともいうべき、クールな殺し屋である。
天吾は塾で数学を教えている小説家志望の青年。
もうひとり、ふかえり、というユニークな少女も興味深いキャラクターである。

最初は全く関係のないふたつの物語は、当然どこかで交わってゆくのだが、
ヒルトンで春樹を読んでいると、人はパラレルに走る物語を
ふたつもみっつも持っていても不思議ではないと思えてくる。

朝、彦根を出てくるときには、ヒルトンで本を読むなんて思いもしなかったし、
ヒルトンの空間は、回りで外国語が飛び交う異空間だと考えてもいい。
夜空には月がふたつ浮かぶ、1Q84年。
現在のこの世界とそれほど大きな違いがあるわけではない。



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sceneryの風景

村上春樹は昔から大好きな作家だった。
彼のほとんどの作品は翻訳の作品を除いてはほとんど読んでいると思う。

彼の作品の特徴はいろいろとあると思う。
さわやかな文体はもちろんであるが、ジャズやクラッシックのなどの音楽を
これほど効果的に使う作者は他にはいない。

「1Q84」でもヤナーチェックの「シンフォニエッタ」が効果的に鳴り響いている。
わたしは実際の曲を知らないが、読者が適当に、ブラームスでもラフマニノフでもいい。
自分の心のなかにある曲が、村上春樹の文章から引き出されてくるのである。

2冊の本を図書館に返しに行ったときに、
図書館員が、呼び止めて、4月に続きが出るので予約しないかといってくれた。
親切なその言葉に深く納得するものがあった。

これで、完結だと思っていたので、
実は「1Q84」は話をおもしろく作りすぎて収集がつなかくなった、
失敗作だと感じていたのである。

青豆の死もなんか不自然だし、天吾の母親も決着がついていないし、
それになにより、リトルピープルがまったくの謎のままで終わっている。

続きがあるのなら「1Q84」は非常に複雑な作りにはなっていますが、
一気に読める面白い本で、お勧めです。まだの方はぜひ読んでみてください。



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