*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*
            日常の風景   NO.0250
*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*

桂浜の鵜

まだ2月だというのに、土佐の高知は春のように穏やかで温かく、
着てきたコートは、バスの棚に置きっぱなしで、上着さえ必要がないぐらいだった。

バスが太平洋岸の国道に出たとき、
「お客さん見てください。
向こうにアメリカの星条旗が見えます。オバマさんが手を振っています」
と年輩のバスガイドが冗談を言って笑いを誘った。

目的地の桂浜は、ほぼ無風で雲ひとつない青空に広大な海。
理想的な円弧を描く海岸。透明度の高い海水に、適度な波が絶え間なく打ち寄せ、
澄んだ空気の向こうには実際にアメリカ大陸が見えそうな雰囲気だった。

今回の旅は高校時代の友人4人が連れだってのバス旅行。
まだ、現役で最後まで頑張っていたひとりが、とうとう職場を離れることになり、
これまでの慰労と年金生活のわたしたちの仲間になる歓迎会の意味もあった。

平日にも関わらず、桂浜は多くの観光客でにぎわっていた。
NHKの大河ドラマ「龍馬伝」の影響が大きいと思われる。
砂浜の片方の端にふたつの大きな岩場があった。
てっぺんには松の木があり、赤い鳥居とちいさな祠らしきものも見える。
みんなを誘って、登ることにした。

祠の前は柵で囲まれた展望台になっている。
ごつごつとした無骨な岩がいくつもあり、砕ける波で白く泡立っている。

一羽の鵜が小魚を口にくわえて、波間に漂っているのを誰かが見つけた。
鵜は、小魚を呑み込むと、また海の中に潜っていった。
長い潜水だが、今度は獲物はなし、一呼吸おいてまた潜る。

そんなとき、旅行会社の添乗員もひとりでわたしたちのところにやってきた。
太い黒ぶちの眼鏡がよく似合う、30歳ぐらいの女性。
確か、まだ独身だと言っていた。

しゃきしゃきとした知的なインテリ風の雰囲気があり、
今風のトレンディドラマに出てきそうな美人である。
吉永小百合にあこがれた、わたしたち世代の美人ではない。

わたしたちの若いころには決して魅力ある個性とはみなされなかった美人。
美人の定義にも歴史や変遷があるのだ。

知的美人系の添乗員。先程はお客と、深刻なトラブルがあった。
高知城で数名の客が迷子になってしまったのだ。
迷子になった客は自分が道に迷ったのは、添乗員の責任だと決めつけ、
みんなの前で激しく面罵した。

「わしは長いこと民生委員もしている。堅い人間や、
堅いからこそ、こんなに怒っているんや」
民生委員の肩書をこんな場で持ち出してほしくないと思った。
わたしの相棒も民生委員だが、ほんとうに地味で献身的で重要な役割なのである。

わたしたちの仲間は全員が龍馬になったつもりで、
添乗員の先ほどトラブルを慰めた。
「おまいさんの難儀はみんな知っちょるきに、なんも心配しなや。
真っ直ぐ前を向いて歩いていきゃ、それでいいきに」
とは言わなかったが、そのような意味のことを口々に伝えた。

若い頃は無意識のうちに、すこしでも女性の関心を惹こうと、
仲間内で微妙な競争意識が働いたものだが、
この年になると、まったくそのようなひりひりとした感情はない。
自然な縁で自然に人と人とが触れ合う。
年を取るというのも悪いばかりではない。

桂浜の鵜は、あれから一度も狩りには成功していない。
だが、あきらめてもいない。

むしろ果実を手にすることのできる方がマレなのをよく知っているのだ。
それが、人生なのだと。
陽光にきらめく波の中に、桂浜の鵜は、再び潜っていった。



----------------------------------------------------------------------
sceneryの風景

NHKの大河ドラマ「龍馬伝」のおかげだろう。
高知は今まさに龍馬一色の町である。

どこに行っても龍馬の名前がある。
空港の名前までが「高知龍馬空港」なのである。
高知は竜馬ゆかりの記念館や記念碑であふれている。

「竜馬がゆく」を書いた司馬遼太郎が、
竜馬は幕末の奇跡である。
天が、この国の歴史の混乱を収拾するためにこの若者を地上にくだし、
その使命が終わったとき惜しげもなく天に召しかえした。
と書いているが、竜馬の足跡をたどっているとほんとうにその通りだと思える。

多少の混雑を覚悟で、旬のときに旬の場所に行くというのも、
旅のひとつのあり方かもしれない。



----------------------------------------------------------------------
発行者 scenery
north@arion.ocn.ne.jp
HP 日常の風景
http://www6.ocn.ne.jp/~scenery/

----------------------------------------------------------------------
日常の風景が本になりました。ご覧ください。
http://www.geocities.jp/scenery_jp2/book/book.html

----------------------------------------------------------------------
このメールマガジンは、

『めろんぱん』 (マガジンID: 2179) http://www.melonpan.net/
『メルマ』  (マガジンID: 50779) http://www.melma.com/
『まぐまぐ』 (マガジンID: 79888)   http://www.mag2.com/
『E-Magazine』 (マガジンID: scenery1) http://melten.com/
『カプライト』 (マガジンID: 4327) http://kapu.biglobe.ne.jp/

を利用して発行しています。

----------------------------------------------------------------------
メールマガジンの退会・解除は
http://www6.ocn.ne.jp/~scenery/  からお願いします
----------------------------------------------------------------------