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            日常の風景   NO.0261
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姉川温泉

姉川は湖北を流れる一級河川。
滋賀県の湖北地方が典型的な田舎なので、都会の一級河川のようなイメージは全くない。

放置されたままの中州も多く、その中州には雑草がジャングルのように生い茂り、
少し離れた場所から見ると、河川なのか湿地帯なのかよくわからない場所も多い。
とにかく荒れてさびれた一級河川という印象である。

しかし、姉川というのは全国的にはよく知られている。
織田信長と浅井長政とが、姉川を挟んで大決戦を行った古戦場だからである。
だが、漠然とした地味な古戦場でもある。
逸話も史跡も石碑も墓もほとんど見かけず、形ある観光ポイントというべきものが何もない。

そんな場所に、温泉が出たらしいのである。
平日に彦根から車を走らせること約40分。
相棒と共に、できたばかりの姉川温泉に出かける。

新しい施設は気分がいい。
匂いもいいし、どこもかも清潔である。
「小学生以下の幼児はお断りします」という強気のポリシーも気に入った。

お客の対象を、若い家族連れではなく、
わたしたちのような、年輩の年金生活者に絞り込んだ感じである。
事実、お客はいかにも定年退職後、年金で生活していますという感じの人が多かった。

姉川温泉の大浴場は、内湯でありながら、大きなガラス窓が全開にされ、
前にある露天風呂との境界がほとんどない。
内湯の湯船をまたげば、そのまま露天風呂に入れる。
開放的な内湯は、そのままで露天風呂の一部なのである。

露天風呂の前には、竹藪がありその後ろは小高い杉の森林が続いている。
姉川の合戦の頃は、山深い場所だったと思われる。
織田軍に敗れた浅井軍の敗残兵が散り散りに逃げてきた場所かもしれない。
このあたりの百姓はしたくもない戦争に無理やり駆り出されたであろう。

内湯からの眺めは、竹林や杉などの緑にあふれる平凡な自然の風景にすぎないが、
昼間からゆっくりと温泉につかり、映画のスクリーンのような風景を見ていると、
姉川というビッグネームに刺激されて、
気持ちのいい汗と共にいろんな思いがにじみ出てくる。

さまざまな種類の温泉が楽しめるつくりになっているが、
わたしが一番気に入ったのは、露天風呂の炭酸温泉。
低い湯温で、いつまでもだらだらと浸かっていられる。

ラムネかサイダーのように、体中に細かい炭酸の泡粒がびっしりと付着した。
指でなぞると泡が取れ、自分の体に簡単な字が書けるのである。
幼い日、汽車の客席で両膝を折り、曇った窓に無心で何かを書いていた光景をふと思い出した。

地元の人だろう、わたしと同じように湯につかりながら、
開放的な気分で話している、ふたりの老人の世間話も漫才を聞いているより面白かった。

話を面白くするために、自分で作った話もあるのだろうが、
ひとり暮らしの母親が死んだ途端、普段は放ったらかしで見向きもしなかった、
親戚縁者がまるで降って湧いたように何人も現れ、
つつましく、コツコツと貯めてきた、故人の年金の争奪戦の話。

認知症の老女が、どうしてそんな遠くまでというような場所、
隣町の見知らぬ他人の畑で、草取りをしていて、
発見されるまで、家族や警察が大騒ぎをしたという話など、
悲惨な話が、関西人にかかると、湯治場の笑い話で終わってしまう。



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sceneryの風景

昼食のときに、顔をしかめる相棒に無理を言って、
生ビールを一杯だけ飲んだ。

これで、夕方近くまでは、姉川温泉から離れるわけには行かない。
相棒は、家から持ってきた本を全部読んでしまったと、すこし退屈していた。
わたしはノートパソコンさえあれば、退屈することはない。

結局ふたりとも、家でしていることとまったく同じで、
ただ場所を変えただけにすぎない。
でも近所にある、昼間の温泉という時間の使い方が、最高の贅沢なのかもしれない。



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