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            日常の風景   NO.0275
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キャッシュカード詐欺

わたしの後ろには、手作りの数独ボードがある。
先ほどまでみんなで苦労して考えた数字がすべて満足げに埋められている。
拍手で完成したことをたたえ合い、のんびりとお茶を飲んでいたら、
「それって詐欺と違うの?」という女性スタッフの大きな声が聞こえた。

わたしがボランティアをしている宅老所「つどい」のお茶の時間のことである。
「何かあったの?」とわたしが話に割り込んだ。

話をしている本人は、まだ雑談のつもりでのんきに出来事を話していたが、
スタッフが聞くと明らかにおかしな話なのである。
今日は月曜日であるが、二日前の土曜日にキャッシュカードを、
調査会社の担当者に渡したというのである。

もう銀行の営業時間は過ぎていたが、わたしはすぐに銀行に電話をして、
事情を説明し、口座を凍結してもらうように頼んだ。
スタッフの反応にとまどっている本人を車に乗せて銀行に向った。

「口座には幾ら入っていたの?」
「100万円ぐらい」
「間に合うとええんやけど。暗証番号さえ教えていなかったら大丈夫だとは思うけど」
とわたしが心配そうにいうと、
「暗証番号は教えてない、暗証番号は教えてない」
と、今年で90歳になる一人暮らしのYさんは自信なさそうに繰り返した。

Yさんがわたしに説明してくれた断片を、わたしの想像力で補ったストーリはこうである。
銀行の営業時間外を狙って犯人は電話を掛けてきた。
電話帳から女性名の電話を手当たり次第に掛けていると推察される。

「Yさんですね、わたしく何とか保険の調査部の加藤と申します。
実はですね、銀行口座の詐欺事件が多発していまして、他の事件を調査中に、
たまたまYさんの口座からも50万円が引きだされていることが判明しました」

電話に出た人なら、特に老人なら、このコメントには仰天するに違いない。
オロオロとして平常心をなくすのではないだろうか?

「でも、安心してください。この50万円はわたしたちの保険会社が全額保証しますので、
Yさんに実際の被害はありません」
この言葉にYさんはほっと安堵したという。
調査員は、信頼できるやさしい声で親切な人だったとも言った。

「しかしこのまま放置しておけば、また引きだされる可能性があります。
Yさんのカードと暗証番号を変更する必要があります」
と、一端電話は切られた。

その間犯人は、本人の住所の近くまで車を移動させた。
そして再び電話を掛けてきた。
「Yさん、今から担当者を自宅に伺わせますので、キャッシュカードを用意しておいてください」
親切な調査員をあたまから信用してしまったYさんは
言われるままに、自宅を訪ねてきた若い男にキャッシュカードを渡してしまったのである。

Yさんが何度も繰り返したように暗証番号を教えていないといいのにという
わたしの願いも虚しくYさんの預金はすぐに根こそぎ引き出されていた。
相手は詐欺のプロ。暗証番号を聞き出していない訳がない。
合計で108万円。

すぐに、警察に被害届を出しにいったが、
殺風景な刑事課の取調室で事情を聞かれるYさんは完全に混乱していた。
長年公務員でがんばっていたYさん。
スタッフへの気遣いも細やかだったYさん。
昼食の配膳なども積極的に手伝ってくれた前向きなYさん。

こんなに善意にあふれた穏やかな老人をだますなんて、
犯人に怒るより、この状況に底なし沼に引きずり込まれるような深い哀しみを感じた。



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sceneryの風景

このところNHKニュースのトップニュースは、
福島原発の処理問題ばかり。
原発には全くの素人だが客観的に見て応急手当が何とか終わるのに3カ月。

本格的に放射能を封じ込めるのには3年。
その後の監視は何千年のレベル。

こんなに全国民が失意のどん底にある時期に、行政の側から、
自粛の名のもとに、花見の中止、花火の中止などというとんでもない案が出でいる。
中止すれば行政は楽である。何もしなくてもいいから。
震災に名を借りた、サボタージュ以外の何物でもない。

被災地以外の地で、イベントを中止するということが、
被災地にとってなんらかのメリットでもあるのだろうか?

大体自粛というのは、自分が決めて自ら慎む、粛清するということだろう。
それぞれが自分で決めることなら、何の問題もない。それぞれが慎めばよい。
だがその価値観を押し付けるのはぜんぜんよくない。
むしろ被災地にまで深刻な二次災害を引き起こす。

なぜ日本の政治家や行政はこんなにも想像力が乏しいのだろう。
こんな時こそ、花見や花火を奨励して、イベントの場で募金活動を
根気よく、長いスパンで行うべきではないだろうか。
経済に活力がなくなれば、雇用をはじめとして社会にお金が回らなくなる。
被災者を助けたくても、その余裕もなくなるのである。

それぞれが自分で考えて、自粛する人があってもそれはそれでいい。
自粛という価値を他人に強要してはいけない。それは自粛ではなくて他粛である。
飲みたい人は飲めばいいし、旅行したい人は旅にでればいい。
自粛ムードとかいうわけのわからない雰囲気に全体が沈みこむのがいけない。

わたしはこんな時期、普段と変わらない生活を楽しんでいる人をむしろ尊敬する。

なじみの飲み屋でも、普段は酔っ払ってうだうだと女の話しかしない人がいるが、
今回の震災で、一人暮らしで古いけれども大きな自宅だから、
具体的に被災者6人は受け入れると、県に登録した人がいる。
わたしにはとても真似のできない行動である。

わたしができることは、せいぜいささやかな募金と、普段通り飲むことだけである。



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