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            日常の風景   NO.0274
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クライストチャーチ

営業の電話が掛ってくる時間ではない。
こんな時間に誰からだろうと何気なく受話器を取ると、
「ニュージーランドから電話をしています」
という、大きな声が受話器から聞こえてきた。

ニュージーランドに知り合いはいないし、
どういうことなのだろうと一瞬の戸惑いがあった。
「Мです。無事です。お電話いただきましてありがとうございます」
と、やや興奮気味の口調で電話の相手は続けた。

「ああ、Мさん」
わたしの声はちょっと間の抜けたものであったに違いない。
Мさんは同じ彦根市に住む大学の大先輩ではあるが、
最近は年賀状をやりとりするだけの間柄でしかない。

わたしは、ニュージーランドに電話した覚えもないし、
第一Мさんがニュージーランドに出かけていることさえ知らなかった。

「今、どこにおられるのですか?」
このわたしの質問を一瞬Mさんは変だなと思ったに違いない。
微妙な間合いをおいて、
「大聖堂から歩いて15分ぐらいのなんとかかんとかです」
と早口で答えた。

ここまで話して初めてわたしに状況が呑み込めてきた。
今回のクライストチャーチでの大地震。
Mさんの安否を心配して日本から私と同じ名字の人が、
ニュージーランドに問い合わせたに違いない。

興奮状態にあるMさんは、問い合わせた相手をわたしだと思い込んだ。

「お電話いただきましてありがとうございます」
とМさんは再度言ったが、
「無事でよかったです。それでどうなんですか、そちらの状況は?」
わたしは話を合わせた。

Мさんは何度も同じ話を繰り返しているのだろう。
まるでテレビのレポーターのような滑らかさで、
クライストチャーチの惨状を説明してくれた。

わたしの定年退職後、初めての海外旅行先に選んだのがニュージーランドだった。
都市空間から一歩離れれば、羊が群れる緑豊かな田園風景と、
雄大な大自然が残されているすばらしい国だった。
温泉もあちこちに湧き出で、この国が日本人に人気なのがよくわかった。

気に入って3泊もしたクライストチャーチは特に印象的な街だった。
観光の中心である大聖堂にも何度も訪れた。
聖堂前の広場では常に何かのパーフォーマンスがにぎやかに繰り広げられていた。
そんな思い出のあるこの街の惨状は、わたしにとってもかなりのショックである。

Мさんはもう70歳半ばになっているはずである。
数年前に奥様にも先立たれ、しょんぼりしているかと思ったのだが、
ニュージーランドでホームステイをしながら英語の勉強をしているという。

学生時代は、応援部に所属していて、今でもみんなで会う機会があれれば、
最後に「フレーフレー」と張りのある声で全員に渇を入れてくれた。

久しぶりМさんの声を聞き、とにかく元気でよかったと心から思った。
わたしと同じ名字のМさんの知人の方。ごめんなさい。
最後までわたしが電話したのではないということは言えませんでした。
とにかく無事だったんだから、いつかはなんらかの形で伝わるでしょう。



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sceneryの風景

久しぶりにニュージーランドの写真を見返してみた。
わたしが見たクライストチャーチはこんなにも美しい街でした。
http://www.geocities.jp/scenery_jp/newzealand2/newzealand2.html

今回の地震で日本人をはじめとする、多くの犠牲になられた方々。
心からのご冥福をお祈りいたします。



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