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            日常の風景   NO.0276
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箕面温泉にて

30人は楽に入れるだろう、大きな円形の湯船に体を沈める。
まだ日中の4時前で、がらんと広い温泉のお客はわたしひとりである。
何気なく右手で左の腕を撫でてみると、ツルンとすべった。

腕に上質のオイルをたっぷりと塗りつけたような気色のいい感触である。
このような湯質の温泉はずいぶんと得をしていると思う。
ただのお湯ではありませんよ、いかにも温泉ですよという満足感がある。

昨年この日常の風景で「娘の出産」という風景を書いてから、
早いもので、もう一年が過ぎてしまった。
孫の一歳の誕生日。思い出に残る何かをしようと思いついたのが温泉旅行。

今回の旅は娘と家内のふたりがすべてを決めた。
わたしはアッシー君に徹するつもりだったので一言も口を挟まなかった。
行く先に決まった大阪の箕面温泉。
みんな初めてだったが名前だけは昔から知っていた。

「♪みのお、おんせんスパーガーデン」というスポットコマーシャルが
その昔ラジオやテレビから常時流されていて、その簡単なメロディとフレーズが、
否応なく耳にこびりついていた。

箕面温泉スパーガーデンに隣接して建設されている、箕面観光ホテル。
大阪にしてはめずらしく緑にあふれた山の中にある。
明治の元勲、桂太郎の別邸があった場所というのが自慢の老舗で、
当時の建物もそのまま料亭として利用されている。

だが今は庶民が気楽に利用できる、格式は下がったが、
親しみは上がったという、よくあるパターンの老舗温泉ホテルである。

8階にある展望大浴場から、階段をとんとんと上がると、
屋上にしつらえられた露天風呂に出る。
四角い湯船に、ふたつのこじんまりとした五右衛門風呂。

サウナ風呂のような木の板で敷き詰められ、
針金入りの透明の強化ガラスで囲まれた露天風呂からの眺望はすばらしい。
ふたつの高速道路が取り囲む中を、中間都市のビルや商業施設、住宅地などが
無秩序に広がっている。

緑がまったくない機能本位の露天風呂。
すっきりとしていて気分がいい。
大阪空港が近いので、ときおり離発着の飛行機がわたしの目線と平行に飛び交う。
未来の都市に紛れ込んだような気分である。

そんなとき、突然雨が降ってきた。
露天風呂は半分だけ屋根に覆われているので、直接雨が当たることはない。

山の上から都市空間を見下ろすドライな気分と、
温泉に雨の水滴がつくる波紋を愛でるウェットな気分。
両方の気分を交互に楽しみながら、一歳の孫の健やかなる成長を心より願った。



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sceneryの風景

隣接している箕面温泉スパーガーデンにも出かけた。
ホテルの宿泊客には無料券が配布され、管内の通路から浴衣掛けのままで行ける。

ここでは毎日大衆演劇と称される舞台が開かれている。
わたしたちの子供のころはそんな舞台を芝居小屋といい、
演劇は田舎芝居といった種類の演劇である。

子供のころは彦根のような小さな街にも、期間は短かったが常設の芝居小屋があった。
わたしの祖母がそんな芝居が大好きでよく連れて行ってくれた。
極貧だった時期なのに、祖母が一円玉をちり紙に包んで舞台にぱっと捲いていたのを覚えている。

多分祖母にもひいきの役者がいたのだろう。
トイレの匂いが鼻につく小さな貧しい芝居小屋だったが、
くるくると手回しをする円盤に赤や青、緑、紫などのビニール紙を貼りつけたスポットライトが舞台を照らすと、
何とも言えない哀感に満ちた、華やかで哀しく妖しい雰囲気が満ち満ちた。

スパーガーデンの舞台で演じられた大衆演劇は、
20人足らずのまばらな観客といい、原色に近いスポットライトが醸す雰囲気といい、
子役やスター芸人がつくる、いかにも大衆受けするような見栄の切り方といい、
そのすべてがわたしのヒリヒリとするようなノスタルジーをかきたてた。

ホテルの夕食のときに飲んだ高いビールよりも、
この大衆演劇を前に、数本のやきとりをつまみながら飲んだ生ビールが
今回の旅では一番うまかった。



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