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            日常の風景   NO.0277
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雨の野天風呂

台風一号の影響だろうか?
山中温泉に着いてからも強い雨は一向に止む気配を見せなかった。

ビールも飲んでしまったし、夕食までは何もすることがないので、
とりあえず温泉に浸かろうということになり、
高校時代の友人3人が連れだって、この旅館の名物である野天風呂に向う。

パンフレットやネットで厳選し、わたしがこの温泉旅館に決めた。
決め手になった写真が、湯畑と旅館が名付ける野天風呂だった。
神仙峡の源流に沿って段々畑のように15もの湯船が点々と広がる野天風呂。
湯畑とはなかなかセンスのいいネーミングである。

しかし、この強い雨だけは全くの想定外だった。
館内から続く長い石段を下って、川の源流に向う。
石段の上は雪の季節にも耐えられるようにと、しっかりとした屋根がついている。

雨で滑らないように、恐る恐る川のせせらぎが強く聞こえるところまで下ると、
脱衣場の小屋があった。

脱衣場は男女別々だが、野天風呂そのものは混浴なのである。
だから、脱衣場の入り口で「湯あみ」と称する、長い腰巻のようなものを手渡され、
これを腰に巻いて湯に入る。

しかし、この雨の中わざわざ野天風呂に入る酔狂なお客は
わたしたちだけだろうと思っていたら、
意外に湯畑のある杉木立の向こうから、少女のように華やいだ女性の声が聞こえてきた。

雨よけにと手渡された透明なキャップ。
髪が濡れないように女性が浴室でよくかぶる簡単な帽子である。
腰巻をしてキャップをかぶると3人は、まるで路傍の地蔵さんだった。

華やかな声に期待をふくらませ、ドアを開けると、
湯畑の一番高い場所に、3人の女性が湯船に浸かっていた。

「混浴やで、楽しみやで」なんて脱衣場では盛り上がっていたのだが、
いざとなると3人のお地蔵様は、うつむいてこそこそと一番奥の湯船をめざす。
混浴を楽しむどころか、女性に上から見下ろされている情けない立場である。

一瞬目にしただけだが女性の湯あみは、明治時代の水着のようで当然胸まで覆われていた。
声は少女のようだったが、年齢はわたしたちとほぼ変わらない元少女たち。
混浴、雨、野天風呂という特別な環境が、
気分を子供時代にタイムスリップさせたに違いない。

最初はお湯に浸かっても、顔に雨粒が当たる刺激と雨の冷たさが気になった。
お湯で顔が濡れるのとは全く違う、どちらかといえば調和が壊される、
不協和音のように感じられた。

しかし、温泉で徐々に体が温まってくると、雨の刺激はまったく気にならなくなった。
気の合う古い仲間と、旧交を温めながらの野遊びである。
子供時代、雨の中を泥だらけになって夢中で遊んでいて母親からこっぴどく叱られた。
わたしはそのときのことをふとなつかしく想い出していた。

この雨のせいだろうか、雪解け水なのだろうか。
湯船のすぐそばを流れる川の流れは奔流で、
温泉情緒などというものからはほど遠かったが、
水が唸り、うねり、躍動して野性味にあふれていた。

この状況は振り返ってみれば間違いなく忘れられない印象的な温泉旅行になる。
ややもすれば元気をなくしつつある年寄り3人連れを鼓舞する、
幸運の雨だったのかも知れない。



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sceneryの風景

高校時代のクラスメート3人連れの今回の旅。
声を掛けたのは、実はもう少し多かった。

しかし、実際に電話をしてみると、母親の介護に手いっぱいで、
そのような余裕が見いだせないもの。
本人の体調がすぐれないもの。
まだ現役の社長を続けていて「借金返しでそれどころではないんや」と冗談まじりにいうもの、
老人会長や民生委員など、いっぱい引き受けさせられて、時間が取れないものなど、
受話器の向こうからそれぞれの個人が、それぞれに個別の問題をかかえているのが垣間見られた。

もちろん、問題をかかえていない家庭なんていうのはない。
そのような状況であっても、なにがしかのお金と時間が融通できる、
参加できた3人の状況というのはかなり恵まれているのだと、
改めて感謝することしきりでした。



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