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            日常の風景   NO.0278
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お見合い散歩

わたしが尊敬しているある作家が、今度生まれ変わるとすれば、
木がいいかな、それも大木がいい。と書いていたのを印象的に記憶している。

彦根城のふもとを散歩しながら桜の新緑を見ているとその感じが実感としてよくわかる。
生き生きとした緑の営みが、生命の本質を振りまいているようで、
ともすれば活力をなくしつつあるわたしに元気を吹き込んでくれる。

多くの緑葉をつけてぷっくりと太った桜や、お堀の水面を眺めながら、
鉤型に折れた遊歩道を左に曲がると、すこし遠くを歩く女性がいた。

犬を散歩させている人、友人同士で談笑しながら歩く人。
観光客が来る前のお城の周りには様々な人が集っている。
風景画に描かれている点描のようでほとんど人を意識することはないのだが、
その女性は後ろ向きに歩いていた。

いかにも健康のために歩いていますと、背筋をぴんと伸ばして、
大股で早足で、手を振り子のように上下に運動させて歩いているひとも
たまに見かけたが、後ろ向きに歩いている人を見るのは初めてであった。

女性の年頃は50代ぐらいだろう。
たまに薄日が差すぐらいの天気なのに、長いツバの帽子を深くかぶり、
日焼け止めの化粧もやや濃いめに見える。

運動場のような広い場所とは違い、普通なら後ろ向きに歩くのは、
かなりの不安がともなうものであるが、この女性は慣れている。

目の不自由な人のために特別につくられている黄色のラインを利用しているのだ。
黄色のライン上には、凹凸のはっきりしたブロックが敷き詰められているので、
その上を歩いている限りは安全である。

スケジュール通り毎日この運動を続けていますという雰囲気が漂っている。
しかし、散歩を楽しんでいるわたしにとっては、
楽しい気分がどこかに飛んでしまうぐらいの緊張を強いられる。

女性とお見合いをしたまま、歩いても歩いてもその距離が縮まらないのだ。

この軽い緊張、今朝も何かで感じたと、わたしはお見合い散歩を続けながら、
思い出していた。ゴミ出しのときに感じた気分だ。

家庭のゴミを集積場に持ってゆく時間は、各家庭でそれほどの大差はない。
よく鉢合せになる。お互いが集積場に向っているときはなんの問題も緊張もない。
しかし、わたしがゴミ袋を下げて集積場に向い、
近所の顔見知りがこちらに帰ってくるときが問題である。

遠くからでも一瞬でお互いを認識する。
だがあまり遠くから挨拶をするわけにも、駆け寄るわけにも行かない。
お互いに、目線を外し、道路を見たり、回りの様子を見たりして、
ここというポイントまで近づいてから、初めて気がつきましたというような振りをして挨拶をする。

この状況は、多分わたしを含めて男性の方が苦手である。
慣れていないのである。

この軽微な緊張が続くお見合い散歩。
女性はひょっとしてこのような状況、男ほど緊張としてはとらえていないのかも知れない。
ペースを乱すことなく、ゆうゆうと後ろ向きに歩く人。
視線のやり場にとまどって、あちらを見たりこちらを見たり、落ち着かない人。
男と女はやはり本質的に違うものなのだと、実感させられた散歩でした。



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sceneryの風景

自分で撮る風景写真は、できるだけ写真の中から人物を消そうとする。
でも、絵画になると点描のように
さりげなく人物が挿入されている絵の方がわたしには好ましい絵が多い。

全体の風景のなかに人物を取り込むと、
絵画の雰囲気がまるで違ったものになるのは確かである。

写真の場合は特に、多くのモチーフは自然の中に人間がいるのが普通なのに、
いざ撮るとなるとその表現はかなり難しそうに思える。

たまには風景と人間とがとても自然に取れているすばらしい写真があるが、
スナップ写真のように偶然に取れたものは少ない。
何時間も同じ場所で、何枚も撮った後の
たまたまの一枚が自然に撮れているぐらいだろう。

わたしは写真も絵も趣味ではなく、見るのが専門だが、
なんとなくそんな感じがするのである。



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