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            日常の風景   NO.0271
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恩師を訪ねる

彦根藩の藩校「弘道館」跡にわたしたちが卒業した中学校、
彦根市立西中学校がある。
彦根城のふもとにあり、今から考えるとずいぶんと贅沢な学びの環境だった。

来年はその中学校を卒業して50周年になる。
同窓生の有志が集まり、何とか記念の同窓会にしようとして
出されたアイデアのひとつが、恩師の近況をビデオレターとして、
当日に上映しようとする案だった。

わたしたちの年になると、当時の恩師はもうかなりの高齢で、
同窓会に招待をしても来られない人が多いのではないかという意見が多かったからである。

だがいざ計画を具体化しようとすると様々な問題が山積みになった。
わたしの直接の担任だったK先生は5年ぐらい前から、認知症で苦しんでおられると、
風のうわさで耳にしていた。

先生を訪ねることが本当にいいのだろうかと躊躇するのは当然のことである。
机上で会議を開くだけでは、完全にクリンチに成りかけていたこの状況を、
ブレークスルーしてくれたのはふたりのメイン幹事である。

教野君は4人の先生全員に電話を掛けてくれて、
現在の具体的な先生の近況をみんなに教えてくれた。
山添君は事前にひとりでK先生の家を訪ねて先生の様子、家族の意向などを確かめて来てくれた。
このふたりの卓越した行動力がないと記念同窓会などのイベントは決して前には進まない。

のどかな田園地帯に構えられたK先生の家は回りの風景にふさわしく、
伝統的な田舎風のがっしりとした家構えで、
広い玄関前のよく手入れされた前栽(せんざい)の緑が鮮やかだった。

先生宅を訪問したのは教え子の女性がふたりに男性が5名。
奥様が出で来られ、すぐに全員を客間に向えてくれた。
やがて先生が来られるのだろうと、全員が座って待っていると、
ふすまで仕切られた客間に続くリビングルームから声が聞こえてきた。

「こちらに来てもらう?」という奥様の声である。
ふたことみこと奥様と先生のやりとりがあり、やがてふすまがゆるゆると開けられた。
まるで舞台のどんちょうがするすると上がってゆくような雰囲気だった。

舞台には花柄の大きなソファにひとりで座り、
すこし斜に構えてじっとこちらを見ているK先生がいた。

確かにお年を召されたが、間違いなくわたしたちの恩師である。
「いやー、先生なつかしい」「お久しぶり」と女性たちが駆け寄り、
全員がリビングに入った。

横田君が持参したアルバムを先生に見せながら、
当時の出来事を説明している。
先生の顔色に赤みがさしてきて、すこしずつ表情が出てきた。

みんながそれぞれに勝手なことを言っていたのだが、
5分もしないうちに、先生が同級生のひとりをじっと見つめ、
「おまえは原やろ」とはっきりと口にされた。

「おまえは淑子」「おまえは北村」
次々とわたしたちの名前を思い出してくれたのである。

ここまではまったく期待していなかったわたしが感激して
「先生よく思い出してくれました」と手を握りに行くと、
「やんちゃ坊主や世話の焼けたやつは覚えてる」
と当時の口調のまま軽口まで飛び出した。

持参したプロジェクターで修学旅行や当時のなつかしい映像を
にぎやかに鑑賞し、西中の校歌をみんなで歌った。
先生も歌っていた。

心から恩師に会いに来てよかったと感じられた一日でした。



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sceneryの風景

先生宅を離れるとき、外まで見送りに来てくれた先生の奥様が、
「また会いに来てあげてね」と言った。
みんなそれぞれ「ええ」「きっと」「必ず」などと返事はしていたが、
奥様もわたしたちも多分これが最後の別れになるだろうということは分かっている。

奥様の目がしらに涙が浮かんでいるのを見て、わたしの胸もじんと熱くなった。

中学はもう卒業していたのに、なぜか先生と奥様の新婚時代を知っている。
新婚生活を送る先生の借家の掃除にクラスメイトが駆り出されたのである。
当時は先生の給料は安かったのだろう、ひどいボロ家で埃だらけだった印象がある。

わたしたち生徒から見て、
男とか女。大人とか子供など、人をいろいろな形に分類したが、
そんな中に「先生」という独立したカテゴリーが歴然として存在していた。
先生は大人を超えた特別の存在だった。

今から考えると、わたしたちの先生は当時27歳。
独身で人生経験の乏しい、未熟な青年だったはずである。
それでもクラスはそれなりにまとめられていた。

先生と生徒の関係が濃密でいい時代だったと思う。

午後からもうひとりのN先生を訪ねた。
85歳と言っておられたが、こちらは元気そのもの。
同じように隣の部屋のふすまがゆるゆると開いたのだが、
ふすまの向こうに用意されていたものは、ビール、酒、おいしい手料理。

ラッキーなことにわたしは車の同乗組だったので、
昼間からゆっくりと楽しく頂きました。

わたしたち中学の同窓生のホームページです。
http://www.kyouno.com/hikonenishichu1961/
当日の写真です。
http://www.imagegateway.net/p?p=FuA8HHQj7Sj&t=ICw

みなさん、よいお年をお迎えください。



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