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            日常の風景   NO.0282
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能勢温泉にて

娘からノセ温泉に行こうと誘われたとき、
ノセ温泉?何だか近所の銭湯のような名前だなと思ったが、
すぐにうんとうなずいていた。

昔は温泉に出かける機会そのものがそれほどなかったが、
それぞれの温泉はそれぞれにユニークだったように思う。

昔の温泉旅行のほとんどは親睦と銘打った会社の慰安旅行だった。
宴会が終わった後、旅館の浴衣のまま下駄を履き、外に出るのが楽しみだった。

夜の温泉街は、わたしたちと同じような温泉客であふれていた。
外湯があり、みやげ店や飲食店が林立していて、射的や輪投げを冷やかしたり、
隠微であやしげな風俗店の呼び込みやピンクのネオンの下をそぞろ歩いた。

だが最近の温泉旅行は、一度旅館に入れば、旅館から外に出ることはマレである。
外に出ることがなければ、また外に出ても何もなければ、
日本の温泉はどこに行っても同じ顔になる。

だから近頃はせめて初めての温泉に行こうと思っている。

娘の言う、ノセ温泉は、大阪府にある能勢温泉だった。
大阪府とはとても信じられないぐらいの山深い場所にある小さな温泉である。
車から降りると、喧しいぐらいのセミの鳴き声と、高原の涼やかな風が歓迎してくれた。
地上よりはよほど涼しいのか、ヒグラシの鳴き声までが聞こえた。

とりあえず冷たいビールでのどをうるおす。
この冷たい液体は魔法のように、3時間ほどの高速道路の運転でささくれ立った神経に
やさしくしみる。

浴衣に着替えて、さっそく温泉に行く。
内湯ですこし体を温めると、すぐに露天風呂に向った。
平凡な作りの岩風呂である。

竹垣で女湯とのしきりが側面に有り、正面は日本庭園になっている。
庭園に置かれた信楽焼のたぬきが通俗を通り越して、
それなりに感じはわるくない。
なにより人工的な日本庭園の向こうに広がる幾つもの山々の緑がすばらしい。

ただそれだけでいいのにと露天風呂ではいつも思う。
看板の存在である。温泉の成分や効能などはこの場所では必要ない。
それでも退屈だからつい読んでしまう。

むし、落ち葉
露天につどう
田舎の風情

山里の露天風呂の風情としてご容赦下さいませ と、ちいさな文字で付け足してある。

この看板はセンスがある。悪くないと思った。
だが、もう一枚のオール朱色で書かれた看板がすべてをぶち壊していた。

落ち葉も虫も
風情のうち。
みんな仲良く
入ってね。

念を入れたつもりかもしれない。
だが、この一枚ですべての風情をぶち壊しているのを担当者は自覚してほしい。

これは自分の文章を含めての自戒でもある。
文章でも、事物を描写するだけでは伝わらなのではないかと、
ついつい最後につまらない説明や解説を付け加えてしまう。

わかっていても何度失敗したことか。



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sceneryの風景

最近、新聞記者のベテランと話す機会があった。
新聞記事というは事実を客観的に正確に伝えるのが使命である。

自分の主観が述べられるのは、社説とかコラムとか、
ごく一部に限られている。

それでも新聞記事には、記者の主観が織り込まれているのだという。
記者がどのような事実をピックアップするかということが、
記者の主観になる。

書かれることは、形容詞や装飾語を極力排除した客観的な文章であっても、
多くの事実の中で、この事実を記者が取り上げるということが、
記者の主観であるというのである。

今回の地震とか原発事故でも、多くの記者が客観的な事実を通じて、
自分の主観を織り込んでいる。

わたしも文書を愛するひとりとして、非常に参考になる意見であった。
わたしの様々な日常。
どこかの瞬間的な部分を切り取ったというだけで主観が入っている。

だから事実を描写するだけで説明はいらない。
わかっているが、できない。そこが文章の難しさだと思う。



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