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            日常の風景   NO.0285
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台風の朝

昨夜は窓に引き下ろしたスチール製のシャッターが
強風が吹くたびに窓枠に当たりガタガタとうるさくて何度も目が覚めた。
ひと晩明けて、もう台風は通り過ぎたと思ったのに、
テレビをつけるとまだ四国にとどまっている。

毎朝の習慣で新聞が気になった。
この暴風雨のなかである。
新聞はまだ配達されていないかもしれないと思った。

風はまだ強かったが取りおり嘘のように凪ぎのときがある。
その折を見計らって新聞を取りに玄関に向かった。

一歳半になる孫の陽(ひなた)がよちよちと後ろから追いかけてきたので、
何気なく抱き上げて、玄関のドアを開けた途端、
強い風が吹き込んできた。半開きのドアにものすごい圧力がかかる。

左手に孫を抱き、右手で必死でドアノブを支えた。
だがその瞬間だけで風が凪いだのでそのまま外に出た。
外に出ると同時にまた信じられないほどの強い風に襲われた。

体全体がぐいと押される。
風が凪いだのがまるでトリックかワナのようである。
風の悪意を感じる。

大人の手で強く突き飛ばされるぐらいの圧力だった。
思わずバランスを崩してよろけたが、こちらも左手に孫を抱いているので必死である。

ニュースでは台風のたびに川に落ちたりして、犠牲者が出るのだが、
わたしはそのことが不思議だった。

なぜ、強風の吹くさなかに濁流渦巻く川に近寄るのだろうと。
でもほとんどの犠牲者は川を覗き込んでいたのではないと思う。
川からかなり離れていたのに、風に突き飛ばされるのだ。

そんなことも知らずに孫は柔らかな髪を風になびかせ、強い風に目を細めながらも、
いつもと違う情景に声をあげて笑っていた。

わたしも幼かったころは台風はある種のイベントだった。
台風にそなえて男の大人はみんな大工さんになった。
台風のさなかは、一家全員がちゃぶ台を囲み、ひたすら通り過ぎるのを待った。
いつもとは違う雰囲気に、なにかこころ楽しいような気がしていた。

今は台風はもちろんできれば避けて欲しい。
天気予報や台風の進路は気になる。
だが来ると決まり、来てしまえば子供の頃の原風景が甦るのか、
日常とは全く違う異空間を心の底では楽しんでいるようなところもある。

今回の二昼夜に渡る長い長い台風も、2冊の本が読めた。
ガタガタと絶えずうるさかったにも関わらず、いつもより集中して読めた。



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sceneryの風景

何かものを書いているときは静かな環境がいいが、
読むときはまわりの音はほとんど気にならないタイプである。

むしろ、静かな音楽が流れていたり、
電車の中でとか、一階から生活の音が聞こえている方が集中できる。

二昼夜に渡っての台風。
こんなに長く続いた暴風雨は生まれて初めての経験だった。
窓はガタガタとうるさかったが、本は集中して読めた。

村上春樹の「レキシントンの幽霊」と藤沢周平の「早春」
何気なく図書館から借り出しておいた本である。
まさか台風のさなかに読むとは思わなかったが、
2冊とも台風の日に読むのにふさわしい本だった。

特に「レキシントンの幽霊」という短編小説集におさめられている「七番目の男」という作品。
子供のころ大波に友人が飲み込まれて死んでしまったという情景を描いているのだが、
今回の風に突き飛ばされそうな出来事があってから読むと、
自然の恣意的な悪意のようなものが実感として共感できた。

藤沢周平の時代小説は、風の唸りに不安になる気分を落ち着けてくれた。
勧善懲悪というほど単純でもないが、
日頃目に見えない努力をしたり、気遣いをしたり、友を思いやったりする主人公が、
最後にはそこそこの幸せをつかんでいるという物語。
読んでいて安心感と安定感があり、大好きな作家のひとりである。



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