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            日常の風景   NO.0300
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高山の山下清

中学校や高校時代の友人は特別な存在だと思う。
夢と不安が同居する多感な時期に、同じ時代を同じ地域において、
学校という特別なスペースで時間を共有したのである。

社会人になって一度はバラバラになってしまうのだが、
定年後、数年経過すると同級生の間では再び共通項が増えてくる。

同い年という状況はずっと変わらないのだが、
仕事を辞め、地域に再び戻り、年金生活になり、子供は独立し、夫婦ふたりだけ、
人生の残り時間が少なくなり、みんな健康には自信がない。

共通項が増え、暇はあるのだから、
ごく自然にネットワークが再構築されて行く。

今回の高山への旅行も数年前から続いている
高校時代の友人4人との車での旅である。

いつもなら早い時間にホテルに直行。コンビニで山ほど買ってきた
ビールや焼酎を駄弁りながら飲み、温泉に入り、
上がってまた飲み、夕食の宴会でまた飲み、寝る前に飲みで、
ほとんど観光などはしたことがなかった。

ところが今回はいつもとは違った。
高山観光をしっかりとしたのだ(こちらが当たり前なのだが)

当日にメンバーのひとりに急な仕事が入ったからである。
彼はまだ嘱託のような仕事を続けていて週に1、2度は出社している。
若い社員を連れて、どうしてもプレゼンティションに出なくてはならないと
残念そうな口ぶりではありながらも、ちょっと誇らしそうで張り切っていた。

結局彼だけ遅れて電車で高山にくることになった。
残りの3人で高山の古い街並みをゆっくりと散策する。

高山も観光客でにぎわう古い街並みを一筋外れると、
日常どこにでも見られるような普通の商店街になる。

平凡な商店街を観光スポットの陣屋をめざして歩いているときである。
「山下清・原画展」というポスターが目に飛び込んできた。
山下清の貼り絵は大好きだったが、まだ一度も本物を見たことがない。

わたしはすぐにポスターが掲げられている町屋のような建物に近づいて行った。
高山らしい黒っぽい弁柄塗りの格子戸で普通の民家に見えるが、
玄関前に掲げられた一枚板の看板には「高山本町美術館」とある。

入場料600円。入りたそうにじっとポスターを見つめているわたしを見て、
「入ったらええがな、付き合うで」とふたりが声をかけてくれた。
多少の個人的な我儘は許される友人同士の旅はありがたい。

「高山と山下清の関係はどんなことですか?」
わたしは入場してすぐに受け付けの中年女性に聞いてみた。
「別にないんですよ」
と女性の答えはあっさりしたものであった。

有名な花火の貼り絵をはじめとする作品や画伯の写真、文章、新聞記事など
100点ほどの展示品は、町屋の美術館とは思えないほど充実していた。
貼り絵でこれほどの表現ができる。まさに山下清は天才だったと思う。

無邪気に楽しんで作品を作成している。
気が向けばレコード、瓢箪、お盆、位牌、戸棚などあらゆるものに貼り絵をしている。
まるで子供が遊んでいるように、楽しんで製作している。
そんな彼の作品が鑑賞者にほっとするような温かいものをくれる。

「ふーん、こんな楽しみがあるんや」
「ほんまによかったで」
わたしと一緒に熱心に鑑賞してくれたふたりの友人から、
こんな感想をもらったとき、わたしは山下清に成り代って
「ありがとう」とだけ言った。



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sceneryの風景

高山を訪れたのはこれが5回目か6回目ぐらいになると思う。
今回の旅行を計画するまで高山にも温泉があるということは知らなかった。
期待はしていなかったのだが肌がつるっとすべるような、なかなかの湯質である。

さすがに有名な観光地。露天風呂にも外国人観光客が浸かっていた。
わたしはイタリアのミラノから来たふたりの若者とすこし話した。

彼らは初めての訪れた日本観光なのに、京都、奈良ではなく
明日は金沢に行くと言っていた。

わたしたちがあくる日訪れた飛騨古川でも同じような経験をした。
ほとんど観光客を見なかったのに、中年外国人の夫婦がいたのである。
彼らはイングランドから来たと言っていた。

彼らも初めての日本で、2週間の休暇である。
訪れた場所を聞いてみると、函館、長崎に行って高山、古川だという。
東京、富士山、京都、奈良という日本旅行の定番コースが、
どこかで崩れつつあるのかもしれない。

日本よりもずっと早く個人の価値観の多様性が実現しているのかもしれない。



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