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            日常の風景   NO.0298
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人生はやり直せる

外は生憎の雨模様だったが、車のなかはにぎやかだった。
息子夫妻に孫がふたり、それにわたしと相棒。
空模様にかかわらず、旅というのは間違いなくみんなの気分を高揚させる。

目的地は山中温泉の「花つばき」という旅館である。
わたしが去年、高校時代の仲間とそこに行って、
渓流のふもとに7つか8つある湯畑という男女混浴の露天風呂がよかったと、
何度も話したことがあったので、ごく自然に家族旅行の目的地が決まった。

ワゴン車を運転する息子は雨で運転がしにくい筈なのにいつもよりは饒舌だった。
とりとめのない荒唐無稽の話題が多い。

たまたまタイムマシンの話になったときである。
ワゴン車は北陸自動車道の賤ヶ岳トンネルを通り抜けた。
賤ヶ岳トンネルは滋賀県と福井県との県境にあるトンネルである。

トンネルの向こうは滋賀県側とはガラリと雰囲気が変わった。
山を切り開いた高速道路の両側には大量の雪がまだしっかりと残っている。
雨は降り続いているのだが、雪の反射のためだろうか奇妙な明るさがあった。
まるで次元の違う別世界に迷い込んだかのようである。

そんなときである息子が突然「颯、お帰り」と言った。
颯というのは今年小学校3年生になるわたしの孫である。
息子の言った意味がわからずキョトンと不思議そうな顔をした。

「颯はタイムマシンに乗って未来から今ここに帰ってきたんや」
とユニークなコメントを付け加えた。
パパに代わってわたしが颯にその意味を説明した。

「今、颯は勉強がんばってるやん、でも3年生、4年生ぐらいになると颯は勉強するのが大嫌になったんよ」
颯はわたしの説明を真剣な顔で聞いている。

「勉強を怠けたために、中学校、高校、大学と失敗続きやったし就職も結婚もうまいこといかなんだ。
そして、あのとき勉強を怠けたことをものすごく後悔したんや」
颯はこのあたりからはよくわかっていなかったと思う。でもわたしは話を続けた。

「もう一回人生をやり直したくなって、神様に真剣にお願いしたら、
神様は一度だけ颯の願いをきいてくれやはったんや、未来の記憶を全部消すということを条件に」

「空の色が変わったやろ、トンネルをくぐり抜けたときが、
未来から今ここに帰ってきた瞬間やったんやで、お帰り颯」
と、ぎゅっと孫を抱き締めながら、そうかと自分でもはっと気がついた。

未来での失敗、後悔をやりなおすために、今ここに帰ってきたと考えることは自由である。
未来の失敗を償おうとすれば、視線はこれからの未来にのみ向かう。
過去に引きずられてくよくよしている暇なんてないはずである。
人生は何度でもやり直せることになる。



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sceneryの風景

車のなかでのもうひとつの話題。
最近ある試験にチャレンジしている息子。
関係の法律を覚えるのにかなり苦労している。

「脳に埋め込める記憶チップがあったらなぁ」と真剣につぶやいた。
「記憶チップさえ埋め込めれば、わずか数秒のインストールで済む」

タイムマシン同様、この願いも実現は不可能に近いが、
ハード的なメモリーの概念とは全く違う、
タンパク質だけでつくられた集積回路でも開発されれば、
タイムマシンのように論理的にまったく不可能な技術ではないのかもしれない。
可能性はゼロに近いが、まったくのゼロではない。

もし、記憶チップが脳に組み込まれれば、
人間の能力の評価が今とはまったく違う価値判断になるのは間違いがない。
優等生かそうでないのかを分ける基準のほとんどは記憶力だけの問題だから。

英語の単語を覚える時間、数学の公式と格闘する時間などから解放されて
その先にある能力での勝負。人間力とか創造力とかの基準。
こんな世界を想像してみるのもまた楽しい。



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