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            日常の風景   NO.0302
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石切温泉

石切温泉という名前を初めて耳にしたのは、
石切温泉に出かける前日のことであった。
温泉に出かけるということさえ、前日まで知らなかった。

日常のこのようなサプライズは大好きである。
わくわくする。
会社という束縛から解放された定年後の我が身。
わずか一泊の温泉旅行にあらかじめ準備するものなどは何もない。

相棒と近鉄奈良線の石切駅に降り立ったとき、
典型的に通俗的な街並みという印象を受けた。

石切神社という有名な神社があるらしいのだが、
派手なのぼりの林立。陽光に褪せた原色の看板。
安っぽい歓迎のゲート。名前は知らないがいろいろなキャラクター人形。

笑ってしまいそうな風景だが、徹底しているので、
それなりの風格というか、統一性はある。
正直に告白すれば、わたしはこのような通俗が嫌いではない。

インターネットのホームページでは
天然温泉ということをうたい文句にしている石切温泉だが、
ざっと見渡したところ、
宿泊施設があるのはわたしたちが宿泊する大きなホテル一軒だけ。

チェックインを終えるとすぐにタオルを携えて2階の大浴場に向う。
だだっ広いだけで浴場も、湯質にも特筆すべきものは何もない。
大浴場のドアの向こうは露天風呂である。

この露天風呂がユニークだった。
細長い6角形の浴槽の回りにびっしりと青々とした畳が敷き詰められている。
岩があり、石垣があり、石垣の上には竹の塀で外界を遮っていた。
露天風呂としての体裁は整っている。

畳の露天風呂は初めての経験である。
足に当たる触感もいいし、湯あがりに胡坐をかいて座っても気分がいい。

しばらくはその雰囲気を楽しんでいたが、
「柵の外側は、一般道路になっております。お湯などを道路側に
飛散しませんようにお願い申し上げます」
という看板に気がついた。

竹塀から首を突き出すと、そこにはまったくの日常の世界があった。
近鉄奈良線の線路がすぐそばに露出していて、
線路沿いは酸化した鉄で茶色く染まっている。

線路にくっつくようにローカルな道路走っていて、
ときおり自家用車や古い貨物自動車が動いている。
線路の向こうは宅地の造成地で「新築分譲中」の看板と紅白幕が張られている。
その向こうには東大阪の街並みがずっと続いていた。

わたしはそんな落差がおもしろくて飽きることなく
畳の露天風呂から街並みを眺めていた。
遠景で動いているものは、工場の煙突から出る煙だけである。
大阪から奈良の方角に向ってたなびいている。

そのとき真下に見える線路上を近鉄の電車が疾走してきた。
先頭車両の中央に行く先を示す「奈良」という文字がはっきりと見える。

そしてふと気がついたのである。
煙たなびく煙突もエンジと白の縞模様。近鉄の電車も同じ色合いのツートンカラー。
目の前で動いているものはこのふたつだけ。方向も色も同じ。
どうでもいい、つまらないことなのだが
何かすごいことを発見したようで嬉しい気分がした。



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sceneryの風景

あくる日は折角ここまで来たのだからと、
石切神社を参拝することにした。

近鉄の石切駅からだらだらと商店街の坂道を下って行く。
駅からは神社まではそこそこの距離がある。
しかし退屈はしなかった。

商店街がすばらしかった。
まさに昭和レトロ一色という商店街で、とても懐かしい感じがする。
映画「三丁目の夕日」の世界そのもの。
来てよかったと思った。

みやげものを売っているような商店街ではない。
駄菓子屋があり、魚屋があり、八百屋がありで、
昔からの伝統的な店の様式を、信念をもって商店街が守っているのだ。
すばらしい。

ただ理由はわからないが占いの店がやたら多い。
手相、姓名判断をはじめ、霊感占い、タロット占い、トランプ占い等々、
10店舗に1店舗ぐらいの割合で占いの店が点在しているのである。
これもユニークと言えばユニークである。

石切を後にして、明日香の石舞台古墳を初めて見学する。
東大寺とか法隆寺は何度も訪れているのに、
有名な石舞台古墳を訪れるのはこれが最初である。

蘇我馬子の墓という説が有力であるが、
飛鳥時代にこれだけの巨石を墓にできる、古代の土木技術には
脱帽である。



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