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            日常の風景   NO.0308
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湯の山温泉

テント張りの簡易な野外食堂にわたしたちはたむろしていた。
御在所岳のロープウェイ乗り場のすぐ近くである。

昼食代りにと、それぞれがテーブルに並べた
焼きそば、ラーメン、山菜そばなどをアテにして、
簡単な宴会が早速始まる。
飲み物は、近くにある自動販売機の缶ビールである。

すっかり定着した高校時代の友人4人との定期旅行。
御在所岳には明日に登る予定だったが、
車で滋賀県を出発してからスイスイと午前中に到着してしまったので、
予定を繰り上げて旅館に入る前に登ることにした。天気も上々である。

三重県の湯の山温泉は御在所岳のふもと。
山の奥深い場所にある温泉である。

ふもとはまだ緑一色だったので、ほとんど期待はしていなかったが、
さすが往復で2100円もの料金を取られるロープウェイの威力。
1212メートルの頂上付近まで一気に上ると、
そこは天空の別世界。山は色づき、見事な紅葉が目の前にあった。

山の上は多くの行楽客でごった返していた。
圧倒的にやかましく話すパワフルな熟年女性のグループが多い。
山道を少し歩くとすぐに息が切れてしまう
わたしたちおっさんグループは少数派でやや肩身が狭い。

展望台からは、わがふるさと滋賀県の伊吹山が見える。
メンバーの一人が伊吹山の裾野に住んでいるので、
ちょうどあそこから2時間足らずでここ、天空の別天地まで移動したことになる。

山の輪郭と山の名前が表示された、
展望台のプレートを見ると、琵琶湖はもちろん遠くの富士山まで見えるらしい。

わたしが「あっ富士山が見える」と仲間にふざけて言ったら、
仲間は無反応なのに、周りにいる熟年女性のグループからの
「えっどこどこ」「富士山見えるの」
とまるで女学生のような華やいだ反応に驚いて
あわてて「冗談、冗談」と打ち消した。

一等三角点と呼ばれる本当の山頂にはリフトを乗り継いで行く。
山頂から見下ろすといろんな散策コースがうねうねと続いているが、
どのコースも1時間近くは必要に思える。

コースを歩いて来た、わたしたちよりは年上に見える行楽客の女性グループに、
「大して時間かからへんで、すぐそこやから行ってきたら」
と発破をかけられても誰も動こうとはしない。
悲しいかなおっさんは口は回るが、足が回らないのである。

たった一人だけ同年輩の元気な男性に出会った。
ロープウェイを使わず歩いて登ってきてまた降りるという人である。
重装備でもなく普段着のままひょうひょうとしていたがどこか孤独の影があった。

「すごい体力ですね」
わたしたち全員が褒めちぎると、
「コレがないからね」と彼は人差指と親指とで丸い輪を作ってほほ笑んだ。

パワーのある熟年女性は、群れてますますパワーを増してゆく。
パワーのある熟年男性もたまにはいるが仲間がいない。
ますます孤高の影を濃くして、華やかさからは取り残されてゆく。

唯一、男性ではわたしたちのような体力もない、健康に自信もない、
酒もたばこもやめられない。
チュートハンパな熟年男性だけが、年寄り連れで少数の群れを作っている。



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sceneryの風景

湯の山温泉は御在所岳のふもとという唯一のブランドで
何とか温泉地としての面目を細々と保っていると思う。。
温泉街の所々に閉鎖されたホテル、旅館、飲み屋、遊技場などの残骸が
無残な姿をさらしていた。

わたしは湯の山温泉の栄光の時代を覚えている。
彦根市からはかなり近場の温泉で、我社の保養所もあったからである。
ところが同行した残りの3名はまったく初めてだという。

こんな近場の温泉なのにとわたしは信じられなかった。
ざっと指折って見ても、わたしには5、6回目の馴染みの温泉である。

考えてみれば、わたしを除く三人は一流企業の元管理者で
間違いなく企業戦士だった。
さぞかし仕事仕事で家族連れの温泉どころの話ではなかったのだろう。

わたしも会社は大きかったが、戦士ではなくただの一歩兵にすぎなかった。
間違いなくこのような仕事一筋の多くの企業戦士に支えられて
日本の経済は発展したのだ。

「ごくろうさまでした。これからは一緒に遊びましょう」と
定期旅行は今後も計画的に続けて行きたいと思っている。



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