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            日常の風景   NO.0326
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下呂温泉

国道沿いの何の特徴もない平凡なレストランで、
旅行仲間4人と遅い昼食を取る。
旅の最後の休憩場所でそれぞれが立て替えた費用を
自己申告し平等に折半にするのが自然にできたルールになった。

滅多に使用しない携帯電話の電卓機能で計算を終えると、
一人あたま、一万三千円とちょっと。

ゆっくりと温泉に浸かって部屋でも食堂でも十分に飲み、喰い、喋り、歌い。
宿泊代、昼食代、入場料、高速道路の費用から、ガソリン代等
運転を務めてくれる友人への謝礼
(これはみんなが1000円ずつ余分に出すだけだから、謝礼とは言えない。
まあ、ボランティアのようなものではあるが)
そんなもろもろをすべて含めての費用である。

それにしてもちょっと安すぎるので、再度電卓を叩き直してみたが、
間違いはない。
「パチンコならあっという間に負けてしまう金額やなあ」
とパチンコ好きの一人が素直な感想をもらすと、
みんな黙って思わずうなずいてしまった。

妻や子供夫妻、孫などと出かける旅行も、もちろん楽しいが、
気の合った友人同士で気楽に行く温泉旅行も又格別である。
全員が高校時代のクラス仲間で、
よく考えてみればもう50年以上のつき合いになる。

平均して年に3回。こんな旅行を繰り返していると、
最近は旅慣れしてきて、選ぶ温泉旅館は
一泊7800円を売り物にしている「湯快リゾート」専門である。

年金生活の老人グループには余分な費用は一切不要。
それで十分に満足できるのである。

「下呂温泉に一度も行ったことがない」
という仲間がいたので今回は下呂温泉に決めたのだが、
最初は冗談だと思って信じなかった。
滋賀県からなら北陸に次いでポピュラーな温泉地であったからである。

でもわたしを除いて、みんな一流企業の管理者だったし、
立派な企業戦士だったから仕事仕事の毎日で、
温泉旅行や家族サービス等にはゆっくり時間など取れなかったに違いない。

下呂温泉は有馬温泉、草津温泉と並んで日本三名泉のひとつだといわれている。
わたしには名泉の基準がよくわからない。
下呂もどこでも見られる普通の温泉、とにかく非常に山深い温泉地ではある。

ホテルは山の中腹に建てられていたから、
宿の部屋から下呂温泉の全体がよく見渡せた。
両側から山が覆いかぶさるように落ちてきていて、
その中央を貫く一本の渓流が身をよじらすようにくねりながら伸びている。

いわば谷間にできた渓流沿いのささやかな盆地に、
温泉旅館街が細長く連なっているのである。
たまに川の流れに沿って電車がのんびりと走り去ってゆく。
このような風景は山の中の温泉地ならよく似たものである。

最近は一度ホテルに入ってしまうとほとんど外に出ることがないから、
どこの温泉でもほんとうによく似た印象になってしまう。

それでもわたしが何か特別ないい景色を見つけようと
紅葉の深まった山々に目を凝らしていたら、
「おっ、あれ何してるんやろ」とみんなの話題になったのが、
遠くの山の中腹でぶんぶんと動いている巨大な黄色いクレーン車だった。

わたしたちは高度成長時代のアカがまだ抜け切ってはいないようだ。
ゆっくり温泉に浸かって落としましょうね。



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sceneryの風景

下呂温泉は翌日観光するのに適切な場所があまりない。
高山に行くには家とは逆方向になるし、
結局ホテル近くの「下呂温泉合掌村」に立ち寄ることにした。

白川郷から民家を移築してきた合掌造りの古い民家が、
あちこちに建てられている一種のテーマパークのようなものである。

本格的な影絵の芝居が掛かっていて、
民話を影絵で見たのだが、
テレビや映画とは違う、何かほのぼのとした温かいものを感じた。

合掌造りの民家には昔の古い道具なども展示されていた。
中に炭火を入れて使うアイロン、布団の中に入れた四角い大きな蓋つきの黒いコタツ。
大きなタルそのものの五右衛門風呂。
脱穀機、足踏み式の縄を撚る簡単な機械など、
どれを見ても子供時代に一度は見たことのあるものばかりであった。

終戦の時に生まれたわたしたちだが思い返してみれば、
わたしの家にはラジオさえなかった。
子供時代は江戸から明治の生活の雰囲気がまだ色濃く残っていたのである。

「すごい時代の変化を生きてきたね」
というのが4人の偽らざる感想だった。
小学校時代かまどで藁や薪をくべ、火吹き竹でふうふうしながら
ご飯を炊くのはわたしの仕事だった。

それが今では・・・
とにかくある種のハイパーインフレーション。
もっと大げさに表現すればビックバンのような
スピーディで劇的に変化する稀有な時代を生きてきたのは確かだ。



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