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            日常の風景   NO.0329
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サウナでプロ棋士と

サウナでは高温のサウナ風呂で我慢比べをしているよりも、
生ぬるい寝湯にだらしなく寝っころがりながら、
強いジェット噴流で足の裏やらふくらはぎをマッサージするのが好きである。

目の前にはこのサウナの売り物でもある掛け流しの天然温泉もあるのだが、
温泉の効能がいろいろと説明してあるにもかかわらず、
すぐに何かが効いたというような実感に乏しい。

その点ジェット噴流のマッサージは即物的で、
身体のために何か良いことをしたという満足感がある。
わたしがよく利用するサウナにはそんな寝湯の設備が2人分ある。

いつものように寝湯でお湯のマッサージを楽しみながら
まどろむような気分でうとうとしていると、
空いていたもう一つの寝湯に中年のひとりの男が入ってきた。

小柄で、まあるくお腹もすこし出ている。典型的な中年男性の体型だったが、
どこかで見覚えがあるような気がした。
彼も隣の湯船に身体を伸ばしジェット噴流のスイッチを入れた。

記憶の糸を懸命にあれこれとたぐりよせていると突然思い出したのである。
将棋のプロ棋士小林健二九段にとてもよく似ていると。
世の中に似ている人はたくさんいるし風呂場だから眼鏡も掛けていない。
それにわたしの記憶はテレビ画面を通じての記憶でしかない。

でも思い切って声をかけてみた。
「ひょっとして将棋の小林健二さんではありませんか?」
彼はひょいとこちらを向いて苦笑いを浮かべながら大きくうなずいた。
力を抜いてリラックスしていた表情が真面目な顔に変わるのがわかった。

悪いことをしたなと一瞬思ったが、
あのとき寝湯で出会ったのは小林健二だったのかな、
それとも他人の空似だっかのかな、と後からウジウジと思い出すのが嫌だった。

「NHKの将棋講座で見てからずっと応援しています」
とわたしは言った。
「どうもありがとうございます」
「今日は福島の関西将棋会館ですか?」
「いえ今日は完全にオフです。夜にちょっと飲み会があるものですから」
「あ、そうですか」

将棋界のことについて聞きたいことはまだまだあったが、
初対面でしかも偶然に出会っただけの有名人に対して、
わたしもそれほど非常識な人間ではない。
それっきりお互いに黙ってしまった。

でも小林健二さんはやはり今までのようにはリラックスできなくなったのか、
わたしより後から来たのにもかかわらず、
「じゃ、失礼します」
と、丁寧に一礼をして湯から上がった。

自分から声を掛けておいて、こんな感想も何なのだが、
テレビに出演するような有名人もそれなりにつらいものがあるに違いない。
「フレーフレー小林健二」と心の中でエールを送った。



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sceneryの風景

小林健二棋士とはこんな人です。写真もあります。
http://www.shogi.or.jp/player/kishi/kobayasi-k.html

ネットで調べてみたらA級の棋士だったのに現在はC級1組という
かなり下のクラスで戦っている。

プロの将棋の世界は奨励会から始まって初段から名人までいろんな段位があるが、
4段以上ではじめてプロとして認められる。
「兄貴は頭が悪かったので東大に行った」という米長邦雄の有名な言葉があるが、
それもそのはずプロに成れるのは毎年わずか4名のみ。
天才中の天才が集まる集団なのである。

4段でプロ棋士になっても、最初はC級2組から始まって、C級1組
B級2組、B級1組そしてA級と昇段してゆく。
A級棋士はわずか10名しかいない。
羽生善治とか森内俊之、谷川浩司などの現在のA級棋士なら
将棋に興味のない人でも知っているだろうが試合に勝てなくなると
どんどんと下のクラスに落とされて行く。

現在の実力だけで評価される峻厳きわまりない世界なのだ。



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