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            日常の風景   NO.0327
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生前葬

ホテルのそれぞれのテーブルでもう歓談が始まっている。
雰囲気からすれば同窓会の集いだが、
詳細に見れば、同窓会ではない。年齢がばらばらである。

でも、年寄りという枠でひとくくりにしてしまえば
確かに同窓会の雰囲気である。
実際はこれからOさんの生前葬に参加しようとするメンバーである。

生前葬。
ほとんどの人は言葉は知っていても実際に列席した人は少数だと思う。
もちろんわたしも初めての体験である。

昔からの文学仲間で今年80歳になる詩人のOさん。
初めて生前葬をしようと思っていると打ち明けられたとき、
驚いたが、Oさんらしい計画だとすぐに賛成した。

Oさんは遺言代わりに自作の詩を一冊の詩集にして、
生前葬に列席した全員に配布した。
その本の「はじめに」にOさんの生前葬に関しての考え方が書かれている。

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この詩集を僕の葬式で、ご参列御礼として配ろうかなとも考えたが、
僕も長く生きて何十回と数えるほど葬儀に参列することが多い。

勿論、故人への哀悼の意を表しに行くのだが、
死んでしまった本人と話が出来る訳でもないし、
参列の友人と長話をすることも憚れて、せいぜい挨拶をする程度である。

故人の家族はあまり知らないし、ただ淋しい思いだけが残る。

いっそ生きているうちに葬式なみに友人に集まってもらって、
好きなことを本人も含めてしゃべりあう、飲んで食べて、
物も言ってもらうには人数があまり多くなく、
せいぜい四、五十人ぐらい、また遠慮なく話してもらうには、
畏まらねばならない先輩や先生と呼ばれる偉い人には遠慮してもらう。

勿論さりげなく、さよならを言って、
後は死んだことは風のうわさで聞いて
「あいつもついにくたばったか」と思ってもらうだけで良い。

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「はじめに」には、せいぜい四、五十人ぐらいとあるが、
実際には北海道から、九州から、東京から、合計六十人ぐらいが
Oさんの地元である大阪の高槻に結集した。

顔の広いOさんのことであるから、さまざまなグループがあったが、
文学関係の友人はほとんどの人がわたしにとっても共通の知人である。
北海道や九州からの友人は、もちろん宿を取っての参加である。

生前葬の前日から京都で飲んで食べて長しゃべりをし、
当日もそのままホテルに泊まり込み、多くの友人とゆっくり語ることができた。
別れる時には一人ひとりと痛いほどしっかりと手を握り合った。

直接口に出すことはなかったが、
遠くの友人とは多分これが最後かもしれないという情感を込めて。

何のことはない。Oさんの生前葬という名目で集まった仲間なのだが、
間違いなく出席した人一人ひとりの生前葬でもあった訳だ。
Oさん、いっぱいお金を使わせました。
このようなすばらしい集いを計画していただいたこと心より感謝いたします。



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sceneryの風景

生前葬の様子です
http://opa.cig2.imagegateway.net/s/m/HMPN5CZPeui

現役の時、あれほど毎日飲みに行ったり、議論をしたり、
協力したり、小さないさかいをしたり、かなり濃密な関係であった
多くの職場の同僚とは仕事を止めた途端あっと言う間に年賀状だけの関係になった。

ところが同じ職場の仲間でも、
年に一回の文学誌を発行しただけの間柄に過ぎないのに、
職場を退職してから何十年が経過しても、
こうして全国に仲間としてのヒューマンネットワークがホットに結ばれている。

考えて見れは何か不思議な感じがする。
それこそ文学という目に見えない媒体の力なのだろう。

各テーブルから代表者が短いコメントをOさんに述べた。
そのなかである女性詩人が、配られたばかりの
Oさんの詩集の中から一編を選んで朗読した。

詩の選定も朗読の技術もすばらしかった。
自作の詩を聞きながら、わたしの隣に座っていたOさんの目がうるみ、
今にも涙があふれそうだったのが印象的だった。


女系家族

連休の初日は二女
二日目は三女が
最後の日には長女が来るという
いつものことだが
三人とも
孫はもちろん 婿殿も一緒だ

「永い間 お世話になりました」
殊勝に手をついて
嫁に行ったはずの娘三人
入れ替わり立ち代わり
家族総出でやってくる
「うちは この家に帰ったら
母親であることを忘れるねん」
孫を預けてうろうろ歩き
買い物 映画
昼寝も付いての一週間

孫の笑顔にごまかされ
料理 お掃除 洗濯まで
家事一切を引き受けて
三面六臂の活躍に
ばあちゃんも 疲れ果て
堪忍袋の緒が切れる
「あんたらいいかげにしいや
うちばっかし しんどい目さして
いつまで居てんねん」
慌てて帰る娘たちに
卵、牛乳、ハム、バター
どこでも買える重い土産を
嫌がるのにやりたい母親は
孫とのバイバイに
もう涙ぐむ

ご苦労さんやなあ
妻の凝った肩を叩きながら
「あいつら親に甘えてばっかりでご苦労さんも言わ
へん」
原稿の書けぬせいも孫や娘に押し付けて
ぼくも愚痴ってみせている
「婿どのの親たちは 嫁が息子がいっこも
帰ってこんと 怒ってはるらしい あっちにも行き
や言うてんねんけどな」
すまなそうな声色だが
妻の顔は満足に浸っている



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