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            日常の風景   NO.0339
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湯村温泉

山の上にある露天風呂までずっと長い階段が続いている。
雨や雪が降っても大丈夫なように、階段には簡単な屋根が設えられている。
93段もの階段を一歩一歩上がってやっと露天風呂に到着する。
まるでハイキングか簡単な登山でもしているような気分である。

しかし露天風呂に入り、まわりを眺めると来てよかったとしみじみ思った。
山林の檜や杉の大木が露天風呂を取り囲み、
アブラゼミやクマゼミやニイニイゼミがやかましいぐらいに鳴いている。
森林露天風呂の名にふさわしい自然の山の環境である。

昼の中途半端な時間帯なので露天風呂にはわたしひとり。
着替え用の小屋として粗末なあずまやが立っているだけで洗い場も何もない。
滝のような打ち湯がふたすじ上から落ちている。

聞こえる音は自然が創り出すものばかり。
セミの鳴き声以外には澄んだ高音で鋭く鳴く小鳥の声。
間断なく続く、湯船に落ちてくるちいさな滝の湯音。
深山の霊気がいたるところで感じられる。

目をつむり湯に浸かりながら山の気配を浴びるのはいい気分である。
十分に満喫したのでそろそろ上がろうかなと思って目を開けると、
湯船の底で白い腹を見せて沈んでいるカエルに気がついた。
小型の携帯電話ぐらいの大きさのカエルである。

人間にとってはいい湯加減のお湯でも、
カエルにとっては熱湯に近かったのかもしれない。
とにかくカエルはお湯に飛び込んで死んだのである。
夢のようないい気分が一変に醒めてしまった。

さすがに直接カエルを指で摘み上げる気はしなかった。
せめてホテルのフロントにはこの事を知らせようとお湯から立ち上がったとき、
湯船の外に昆虫網が置いてあるのに気がついた。

立て札が網の横にあり「葉っぱさんも虫さんも温泉が大好きです。
見つけたら、これで掬って逃がしてやってください」と書いてある。
網で掬うのなら抵抗がないと気が変わり、カエルを掬おうとしたのだが、
これが思ったより大変な作業だった。

湯船の底は自然の丸い握りこぶしぐらいの石が埋め込まれていて、
カエルはでこぼことした石と石との間に沈んでいる。
網が素直に通らないのである。

それでもまあ何とか掬いあげて、湯船の外にカエルを捨てることに成功した。
真っ裸で網を持ちカエルを掬おうと奮闘する姿を今思い出すと、
自分でも可笑しい。

温泉に来て気分が高揚しているから、
他の温泉客も自分の仲間内のような気分がしている。
後からこの露天風呂を遣う仲間に不快な思いをさせたくないという純粋な思い。

滅多にこんな気分にはならないのだが、
深い山の霊気が人が本来持っている本質的な善意を触発したのだろう。



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sceneryの風景

わたしが宿泊した湯村温泉のホテルはこんなところです。
http://yumura-miyoshiya.jp/

3月に高校時代の同級生と湯原温泉に旅行した時、
旅館は7月まで使用できるバスの無料券をくれた。
京都から無料で各地の温泉に運んでくれるサービス券だ。

一枚しかくれなかったので、幹事の特権でわたしがもらった。
折角の割引券、有効に使おうと家内と二人で選んだ場所が
兵庫県の湯村温泉。この温泉は今回で2度目である。

ドラマ「夢千代日記」の舞台で有名になった温泉。
前のときもドラマに刺激されて出かけたが、
今回も切っ掛けはBSで続いている「夢千代日記」の再放送だった。



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発行者 scenery
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HP 日常の風景
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日常の風景が本になりました。ご覧ください。
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