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            日常の風景   NO.0343
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忘帰洞にて

和歌山県の勝浦温泉では一流の「ホテル浦島」
忘帰洞という有名な露天風呂がある。

何千万年もの長い間、波の浸食作用によって海岸の岩場に
巨大な洞窟がうがたれた。
自然にできたその洞窟を最大限に利用して作られたのが忘帰洞である。

忘帰洞のドアをくぐるとかなり薄暗い。
洞窟独特の陰鬱な空気に満ちていて、
どちらかといえばヒヤリと冷たいぐらいなのである。
温泉に行くというより、洞窟探検にでも赴くというような雰囲気。

暗い洞窟のずっと奥の方に明るい三角形の空間があって、
光にあふれたその一角が洞窟の入口。
太平洋に面していて、少し離れたところからでも波や岩や船まで見える。

大きな洞窟の中に趣向を凝らした湯船が5つぐらいと、
シャワーなどを整えた洗い場があちこちに点在している。
一等場所はやはり太平洋に面した先端の露天風呂。

露天風呂からは太平洋に面した湾内の風景が一望できる。
絶えず押し寄せてくる波頭に陽光が反射して、
まるで宝石のかけらをばらまいたようにキラキラと光っている。

温泉のお湯は淡い乳白色である。
湯船の底がはっきりと見えないから、思ったより深くて入浴するとき
バランスを崩して肝を冷やした。

続いて入ろうとした友人もわたし以上に体勢を崩し、
ほとんど尻餅をついてしまった。
いつものメンバー高校時代の友人3人組の旅行だが、
よろよろ、ふらふらとすっかり老人会の旅の様相である。

それでもややぬるめの温泉に躰を沈め、
ぺちゃくちゃと他愛もないお喋りをするのが楽しい。
波の音が一定のリズムで絶えず聞こえてくるのも心地よい。

太平洋から視線を空に移すと、もうすっかり秋の空である。
青空に幾筋もの線を引いたような雲が浮かんでいる。
「いわし雲やね」と誰かが言った。
微妙な沈黙ができる。

いわし雲、文学的な表現だが夏の入道雲ほどのイメージが湧いてこない。
正直なところどんな形の雲がいわし雲なのかよくわからないのである。
だから相槌も打ちにくかった。

もうひとりが「あれは筋雲やろ」と即物的な答えを返した。
「そうや、あれは筋雲やで」と
分かりやすいからわたしもすぐに賛成をする。

このあたりの空域は関西空港の航路にでも入っているのだろう
一直線に空間を切る白い飛行機雲が幾筋も筋雲と交差している。

自然の雲ももちろん情趣があっていいものだが、
大空をキャンバスにして描かれる人工的な飛行機雲も、
前衛芸術のような強烈な自己主張があってそれはそれで悪くない。

50年以上の付き合いになる気の合った仲間との旅。
ビールの酔いも手伝って、まったりとした時間がゆっくりと流れてゆく。



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sceneryの風景

旅行が大好きなわたしの家にはあらゆる旅行会社から
毎月山のように、旅行雑誌やパンフレットが届く。
今回の旅行はその中から家内が見つけてくれた。

「ホテル浦島」で1泊2食、往復のJRの切符も込で
15000円。

ちなみにJRの正式な料金を調べてみると
新大阪から紀伊勝浦までの乗車券が4430円
くろしおの特急券が1940円。
合計で6370円。往復で12740円もかかる。

旅行会社の料金設定は一体どうなっているのでしょうね。
安い旅ばかりを探している割にはその仕組みがよくわかりません。
若いころの温泉旅行といえば最低でも3万円ぐらいはかかったという
記憶がなかなかぬぐえません。

あくる日は世界文化遺産の熊野古道を歩きました。
熊野古道大門坂の杉並木の石段を登り、
熊野那智大社から那智山青岸渡寺から那智の滝まで。

いやー、しんどかったです。
「もう3年もすれば多分歩けないね」
とぼやきつつも、何とか全員が歩き通せました。



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