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            日常の風景   NO.0359
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雷鳴を聞きながら

窓側のいつもの席の壁にクッションを立てかける。
からだを壁にもたれかけさせるための必需品である。
もうひとつのクッションは本来の用途、お尻の下に敷く。
足を延ばし、リラックスできる体制ができてから店員を呼ぶ。

ここは時々通っている大阪駅近くのサウナ風呂にあるレストラン。
風呂上がりの火照った体に、ギンギンに冷えたビールがとてつもなくうまい。
店員にビールを注文すると必ず「キリンですかアサヒですか」と訊いて来る。

正直なところわたしはどちらでもいい。
味の違いはそれなりにわかるがどちらもうまい。
呑み助のくせに薀蓄もこだわりもない。
その日の気分によって適当に答えておく。

冷たいビールとイカのから揚げが運ばれてくると、
ビールを飲みながら持参してきた本を開ける。
人生における至福のひとときである。

本に熱中しているさ中に、突然大砲の弾がさく裂したような甲高い、
とてつもない大音響が響き渡った。
すぐに雷鳴だとはわかったが、耳の奥でまだキーンという余韻が残っている。

第二弾があるかと思って身構えていたが、それっきりだったので、
再び本に取り掛かろうとしたとき、
窓側の席から完全に人が消えたのに気がついた。

それまでかなりの人が窓側で飲んでいたはずである。
「雷鳴のときはたとえ家の中でも窓側から離れるべし」という警告を
どこかで耳にしたことはある。

異常ともいえる爆発に近い雷鳴だったので、みんなの行動はきっと正しい。
でもわたしはそのままその場で本を読み続けた。
最大の理由は窓から射し込む光がないと本が読めないということである。
年のせいで暗くなると眼鏡が必要になってきたのだが、その眼鏡を持参していない。

そのうちに叩きつけるような雨が降ってきた。
さっきの雷鳴に相応しい激しい雨が降ってきた。
雷も再び唸り始めた。
が、わたしはひとりで5階のサウナのレストランから地上を見下ろす。

車はともかくとして歩行者にとっては大変な状況である。
このような変化の瞬間を安全な場所から目撃するのは興味深い。
とりあえず近くで雨宿りができる場所まで走り込んでは空を見上げている。
うらめしそうなみんなの視線が気楽に見下ろしているわたしの視線とクロスする。

ここで雷に打たれる確率というのはほぼゼロであろうが、
もし天文学的な数字で万一、事があったとしても、
冷たいビール、好きな本、そしてわくわくするような俯瞰からの風景。

好きなものに囲まれたまま雷に打たれるのなら、まあそれほど後悔することもない。
年を取るということはある程度鷹揚に物事が見られる。
これも年寄りの特権だとわたしは飽きることなくビル下の雑踏を見つめていた。



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sceneryの風景

今回持参した本は定金孝年の「里道に吹く風」という随筆集。
386頁にも及ぶ分厚い堂々とした本である。
わたしの文学仲間がつい最近自費出版した本だから誰も知らない作者だと思う。

長い間文学もどきの活動を続けていると、
自費出版した仲間からの本を受け取ることも多い。
わたしの本棚にもそのような関係の本が20冊近くは並んでいる。

自費出版した本が送られてきたとき、期待と共に
ある種の気の重さのようなものが交錯する。
仲間が苦労して出版した本だから、きちんと読んで感想も届けたいと思うが、
思うだけでほとんどが思うに任せなかったというのが今までの経験。

でも「里道に吹く風」は非常におもろかった。
ジャンルがわたしと同じ随筆ということもあったが、
わたしのようにふわふわとした日常の表面を気楽に描写するのではなく、
彼の人生や家族をすべてさらけ出した重いテーマを見事な随筆に仕上げている。

ほぼ最後まで一気に読み切れる充実した内容だった。
仲間のこんなすぐれた本を読めたときはほんとうに嬉しい。



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発行者 scenery
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