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            日常の風景   NO.0344
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第66回正倉院展

いかめしい恐持ての雰囲気でいつも紹介されるモスクワの赤の広場。
そのクレムリンの壁の向こうにはロマノフ王朝の宝物館がある。
旅をした時そのおびただしい絢爛豪華な宝物に圧倒された記憶がある。

王冠はもちろんであるが玉座、ベッド、馬車から家具にまで
至る所にふんだんに宝石がちりばめられ、
世界中のだれが見てもこれは宝ものであることが即座にわかる。

今年も奈良で第66回の正倉院展が開催された。
日本の王族にあたる天皇家の宝ものは、これらとは大分性格が異なる。

会場でもらったパンフレットには両陛下の傘寿を記念して
華やかな宝物の多いのが今年の特色となっておりますと記述してあったが、
「どこが華やかなんじゃい」と突っ込みたくなるほど
展示された品は相変わらずほとんどが地味なものだった。

NHKの日曜美術館で正倉院展を事前に見て解説を聞いていたので
見るのを楽しみにしていた桑木阮咸(くわきげんかん)
丸いびわのような4弦の弦楽器。

中央に描かれた松の木の下で碁を打つ人の絵が喧伝されていたのに
本物はどんなに目を凝らして見ても碁盤はおろか人物の姿も定かではない。
赤と黒の色彩がふわふわと抽象画のように描かれたようにしか見えない。

白瑠璃瓶(はくるりへい)と命名された宝物。
知人がそれを思い出すのに
「あれ何やったかなあ、あの尿瓶に似たガラス製の・・・」
と思わず本音を漏らすような品物。

汚れた擦りガラスで作られたようなガラスの水さしである。
中東のバザールで何の説明もなしにこの宝物を並べるとして、
千円の定価ででも売れ残るのは確実だろう。

しかしこのガラス瓶が今から1300年も前にイランで作られ、
シルクロードの砂漠をラクダの背に揺られながら、
敦煌、長安を経て、そこからなおかつ海を越え、奈良の平城京まで
たどり着いたという歴史の衣を掛けると展示物は俄然輝きを放ってくる。

古美術が特別に好きな訳ではないのだが、
正倉院展に毎年足を運ぶのは
悠久の時の流れを肌に直接感じさせてくれるあの雰囲気が好きなのである。

極端にいえば日本人だけがその宝物の価値を受け入れる心情的な宝。
歴史的な宝物を無条件で受け入れる素養を日本人が持っている。
もちろん英語の解説もあるが正倉院展は外国人が極端に少ない。

たとえシミのある汚れた布きれであっても
人それぞれに受け取り方の違う主観的な宝物だけに、
会場の雰囲気は独特のものがある。
漏れ聞こえてくる会話も感想も古代への思いが込められていておもしろい。

物としての宝ものを見に行くというより、
自分たちも歴史という大きな潮の流れの乗っている日本人のひとり。
そんな実感を味わいたくて会場に足を運んでいるのかもしれない。



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sceneryの風景

宝物から連想したモスクワのクレムリン。
体力の衰えを実感する機会が多くなった昨今。
若いころに無理をしてでもいろいろ外国を訪問しておいてよかったと思う。

ハプスブルク家、清王朝、ペルシャ、エジプトなど世界各地の宝ものはいっぱい見た。
でも宝物といえばロシアのロマノフ王朝のものが真っ先に頭に浮かんだ。
質、量ともに圧倒的で、裏を返せば農民から如何に搾取していたかの歴史でもあろう。

モスクワの赤の広場も実際に訪問してみるとマスコミが描くイメージとは全然違う。
いつもいつも軍事パレードや演説があそこで行われているわけではない。
広場にはまだ生きているかのようなレーニンの遺体が、
連日観光客の目にさらされているし、
クレムリンの塀の向こうは、多くの人々でにぎわっている。

イコン画で有名なロシア正教会の教会も3つか4つあるし、
大統領執務室のあるビルの前だけには背筋をぴんと伸ばし、銃を持った
兵士が警護しているが、後はどちらかといえば
どこかのテーマパークのような華やいだ雰囲気さえ漂わせている。

政治がらみのニュースで赤の広場が放映されるたびに、
わたしはクレムリンを訪れた時の体験を自動的に何度も思い出すのである。



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