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            日常の風景   NO.0368
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冬の露天風呂

正月明け、1月の山代温泉である。
北陸である。当然雪は覚悟していた。
覚悟というより、実は期待していたのである。

降りしきる雪を露天風呂からながめながら
酒に酔い、ゆったりと湯に浸かる。
頭の中でイメージは膨れ上がっていた。
だが遠くの山々を除いて今年は北陸にも雪はなかった。

朝早くホテルの5階にある露天風呂に行く。
山の斜面を利用して建てられているこの建物。
5階であっても露天風呂の周りには自然の木が生えている。

露天風呂へ続く通路のドアを開けた途端、
刺すような冷気が体中にからみつく。
おまけに氷のように冷たい雨までが降っている。

湯船に行き着くまで5メートルはある。石の階段もある。
おもわず歯をがちがちと震わせながら
「ウィー」とか「ウェー」とか言葉にならない声が自然に出る。

飛び込むように湯船に浸かる。客はわたしひとりだけ。
風呂の造りはかなり古くて洗練されたものではないが規模は大きい。
10人ぐらいなら楽に収容できる湯船が2つもある。

ひとつ目の湯船には学校の渡り廊下のような粗い木製の天井が
ぶっきらぼうに伸びていて、
もうひとつの湯船には透明のアクリル板でしつらえられた三角屋根がある。
いかにもアンバランスでアクリル板にはどっさりと落ち葉が積もっていた。

体も温まったので洗い場で髭をあたろうと、
顔にシェービングクリームをなすりつけて髭を剃っていたのであるが、
外の冷気に体中の熱がすぐに奪われてしまう。

少し温まろうと手前にあるカランの栓を
シャワーとお湯にセットしてしてひねると、
シャワーの蛇口から出てきたのは氷のような水だった。

文字通り「ヒェッー」と悲鳴を上げながら飛び上がった。
口から白い泡を吹いて踊るタコ踊りのような格好になった。
再度あわてて湯船に飛び込む。外は地獄、湯船の中は天国。
冬の露天風呂でこの落差が一種の快感になっているのは間違いがない。

天国の気分に陶酔としていると、
湯の中に一枚のもみじ葉が沈むでもなく浮かぶでもなく、
湯の動きに合わせて漂っているのに気がついた。

何の変哲もない黄色いもみじ葉である。
たった一枚の葉っぱが天国の花園のように輝いて見える。
ふと一輪の朝顔を茶室に飾るのに庭の朝顔の花をすべて摘み取ったという
千利休の逸話を思い出していた。



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sceneryの風景

海外への旅行を卒業して、最近はもっぱら国内の温泉旅行に凝っている。
順番は間違っていなかったと思う。
若くてエネルギーにあふれているときに海外にでかけ、
年を取ればのんびりゆったりとできる温泉へと。

昨年末にほぼ恒例となっている忘年会家族旅行に、
仕事の都合で娘婿だけがどうしても参加できなかった。
そこで娘と母親とが相談して2泊3日の今回の旅行を計画した。

わたし達夫婦と娘夫婦に腕白盛りの孫がひとり。
軽く散歩に出かけるぐらいで、ほとんどホテルから出ることはなかった。
娘婿の1年の労をねぎらう意味で計画した旅だったが、
一番喜んだのは毎日を子育てに追われている娘だったかもしれない。



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