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            日常の風景   NO.0379
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夏のノスタルジー

年を取ると暑さが堪える。
子供時代と比較して体感としては10度ぐらい暑くなったような気がする。
子供の頃は夏が大好きだった。
もちろん最大の楽しみは夏休みである。

宿題の「夏の友」などはほとんど開けられることもなく、
夏の終わりまで、近くにある琵琶湖へ友人と連日泳ぎに行き、
人種が変わったかと思えるほどに真っ黒になるまで日焼けした。

その他にもセミやキリギリスなどの虫取り、蛍狩り、
小網を持って小川に入り小魚やエビガニ、川カニを捕った。
田んぼではどじょうやタニシなどがいつでも捕れた。

わたしは一人息子だったので、
近所の友人と外で活発に遊べる夏が最高だった。
クーラーなんてまだない時代である。

お金持ちの家にはかろうじて扇風機があったぐらいで、
もちろんわたしの家には扇風機もなかった。
それでもそれほどの暑さは感じなかったのである。

道路に面した家は舗装していない土の道に打ち水をして、
夕食を終えると団扇や扇子を持った近所の大人が、
夕涼みに外に出てきた。

背もたれのない手作りのベンチを
夕涼み用に家の前に置いている家も多かった。
確か床几(しょうぎ)と呼ばれていたように思う。

床几で将棋。洒落のようだが、
床几にまたがったふたりの大人が縁台将棋を始めると、
みんなその周りを取り囲んでかまびすしかった。

いつまで経っても強くはならないが、
退職後の楽しみのひとつになっているわたしの将棋。
将棋のルールは大人に混じって見物しているうちに自然に覚えた。

身なりは貧しかった。男の大人はシャツにステテコという人も多かった。
シャツもステテコも清潔でさえあれば下着というイメージではなかった。
道路が完全に社交場であり娯楽の場だった。

以上は連日の酷暑を嘆く余りのわたしのノスタルジー。
ノスタルジーとは酒に酔ったように
昔の表面的ないいことばかりを思い出すこと。とわたしは定義している。

冷静にじっくりと考えてみればもちろん嫌なこともいろいろとあった。
その最たるものが蚊である。
夏の外には蚊がいっぱいいた。

下水もなく家庭の排水を直接川に流す不潔な溝が多く、
ボウフラの天国だった。
舗装されていない凸凹だらけの道路の水たまりにまでボウフラはわいた。

ハエも多かった。
魚屋のハエ取リボンには捕獲されたハエで真っ黒になっていた。
環境はとても不潔だったのである。

ネズミも多かった。真夜中になると天井裏でネズミの大運動会が
毎夜始まるのである。

何かを得れば、たいせつな何かを失ってゆく。
それはどうしようもないこと。
今と昔、どちらかを選べと言われればわたしは迷うことなく・・・



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sceneryの風景

わたしの家は平均的で典型的なサラリーマン家庭。
同級生もほとんどが高度成長時代のサラリーマン。
同じような時期に結婚して子供がふたり。

その子供達が独立して、子供部屋が空き。
広くなった我が家に妻とふたりで住む。
同世代の友人の家も似たようなものなのである。

昔は貧しかったが濃密であった人間関係。
家族や親戚だけではなく、近所にもお節介なおばさんがいっぱいいた。
わたしは近所のおばさんにしつけられたといっても過言ではない。

今は物質的には確かに豊かになったが、
家族でさえ人間関係は希薄になってゆく。
読売新聞に気に入った句があったのでノートに書き留めた。

「それぞれの 部屋に分かれて 妻とわれ
       見ているテレビに 同時に笑う」

わたしの家も同時代の友人の家も正にこの状況である。
しっとりとした大切な感情が失われ、
便利にはなったが情感はかさかさと乾いてゆく。



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