*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*
            日常の風景   NO.0382
*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*

コスモスの里山

平日にもかかわらず、京都の大原はかなりの人出だった。
適度な陽射しがあって天気は悪くない。
細い坂道を呂川沿いに三千院を目指して歩く観光客には
外国人の姿も多かった。

朝目覚めた時には、数時間後にまさか、
京都の大原にいるとは夢にも思わなかった。

「天気はいいし、どこかに行きたいね」という
家内のひとことで、ルーチンのように繰り返される
いつもの日常とはまったく違う一日になった。

滋賀県の彦根市から車で2時間あまり。
大原は京都北部の洛外で、京都駅からバスを利用してもかなり遠い。
ところが滋賀県からだと車で行けば案外と近い。
大津から県境の途中峠を登りきれば、そこはもう大原なのである。

駐車場に車を止め、清流の水音を絶えず聞きながら、
小さな土産物店が続く曲がりくねった細い坂道を歩くとき、
大原はいかにも京都らしいところだと実感する。

こんなに素敵な観光地がつい隣にあるのに
具体的に訪れたのは多分10年ぶりぐらい。

三千院を訪ね、次は寂光院にでも行こうとしていた帰り道、
かすれたような墨字で
「この奥に眺望のいい見晴らし所があります」
みたいなことが書いてある看板を見つけた。

急ぐ旅ではなし、一度覗いてみようかと
後を歩く家内を振り返った。

看板の指示どおり、呂川の小さな橋をわたり、
階段を上ったがすぐに後悔した。
雑草が生い茂っているあぜ道で、おまけに行く手を
さびたスチールのフェンスが遮っている。

引き返そうかとも思ったが、ここまで来たのである。
雑草を踏み分けフェンスに沿ってもう少し、もう少しと
歩いてゆくと、急に眺望が開けた。

四方を山に取り囲まれた大原村。
ずっと昔の祖先が山を開墾したに違いない棚田が目の前に広がる。
一枚一枚の棚田にはそれぞれ石垣が丁寧に積み上げられていて、
収穫の終わった田んぼにはコスモスが咲き乱れていた。

降り注ぐ陽光。一面色取り取りに輝き揺れるコスモスの群生。
遠景には途切れることのない緑の山の稜線。
田んぼを取り囲むように点在する山里らしい入母屋の家々。
ほっとするなつかしさを感じる里山の風景である。

コスモス畑の向こう側に小さな黒い建物があった。
東屋のように佇んでいるが、農家の作業小屋だろう。
小屋の横で二人の人が風景を見ながらずっと話し込んでいる。

わたしたちも何となくあぜ道に沿ってコスモス畑を歩きだした。
小屋の近くに座っていたのは中年の外国人のカップルだった。
人影まばらな里山風景の中でまさか外国人に出会うとは思わなかった。

言葉は英語ではなく、スペイン語。
日本人でも滅多に訪れない、いわば穴場のようなスポット。
ネットなどを通じて案外有名なのかも知れない。

京都に来て異国の里山でゆっくりとした時間を過ごしている。
余裕のある旅だね。旅はこうでなければねとも思った。

日本の原風景である里山。
外国人にもこの雰囲気の良さは直感的に感じられるのだろう。
日本人としてちょっと誇らしいような嬉しい気がした。



----------------------------------------------------------------------
sceneryの風景

昼食は三千院の門前にある茶屋で「湯葉そば定食」という
メニューを選んだ。
湯葉というのは京都の名物で京都らしい味である。

いい表現で表せば
淡くソフトでやさしい上品な味。
現代の若者なら、
つかみどころのない、ぼさっとした、淡淡とした雰囲気だけの味。
とでも表現するかも知れない。

わたしのような年寄りは、ちらしずしやら吸い物などで
子供の時から何度も口にしているから、
それなりにおいしいと思ったが、
刺激のある味になれている若者には人気がないかもしれない。

日本人の味覚からは消えつつある微妙で繊細で上品な味。
日本の食文化として残ってほしいとは思うが・・



----------------------------------------------------------------------
発行者 scenery
north@zd.ztv.ne.jp
HP 日常の風景
http://www.zd.ztv.ne.jp/scenery/

----------------------------------------------------------------------
日常の風景が本になりました。ご覧ください。
http://www.geocities.jp/scenery_jp2/book/book.html

----------------------------------------------------------------------
このメールマガジンは、

『メルマ』  (マガジンID: 50779) http://www.melma.com/
『まぐまぐ』 (マガジンID: 79888)   http://www.mag2.com/

を利用して発行しています。

----------------------------------------------------------------------
メールマガジンの退会・解除は
http://www.zd.ztv.ne.jp/scenery/ からお願いします
----------------------------------------------------------------------