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            日常の風景   NO.0390
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黒部のトロッコ

釣鐘駅のプラットホームにある展望台から
黒部の万年雪をごく近くでながめた後、
トロッコ列車は再び宇奈月温泉に向かっている。

新緑の山々や黒部渓谷の眺望は申し分ないが、
ときおり小雨が降ったりして天気はあまり良くない。
それに何より、屋根は付いているが両サイドオープンの
トロッコ列車の風は冷たく震えるほどに寒いのである。

この旅行を計画してくれた高校時代の友人が昨日わざわざ電話してきてくれた。
「黒部のアルペンルートはまだ寒いので、
セーターとジャンバーは忘れずに持って行く事」と。
彼は100円ショップで購入したビニールのカッパも持参すると言っていた。

友人からの電話を受けた時、わたしはまだ5月だというのに
連日30度近くになる暑さに耐えられず、
汗を流しながら窓の外側に垂らす日よけの黒いスクリーンカーテンを
がんばって張っていた最中だったのである。

だからそんなことを言われても寒さという実感が湧かない。
とにかくそれでも薄手のセーターと春用のジャンバーは鞄に入れた。
忠告してくれた友人が正解だった。
安くてもビニールのカッパは風を通さないが、
薄手のセータとジャンバーだけで風を防ごうとするのはいかにも非力だ。

一緒に旅をする仲間に頼んでトロッコの一番前に席に座らせてもらった。
車両の先端は透明のアクリル樹脂が天井までカバーされていて、
風の当たりが幾分おだやかに感じられるのである。

実はこのトロッコに乗るのは今回の旅で3回目か4回目だし、
今日も釣鐘駅までの往路で十分に景色は堪能した。
復路は小雨交じりの冷たい風のせいもあり、
ほとんどの時間、目の前の透明のアクリル板を見つめていた。

早く温泉にゆっくりと浸かって、みんなと一献傾けたいの一心だったが、
アクリル板を通して前の車両の若いカップルに目が留まった。
車両は空いていて、このカップルともう一組の老カップル。
全部で4人だけである。

どこでも好きな席に座り放題なのに、
若いカップルはわたしと同じ先頭の席に座りこちらを向いている。
トロッコの進行方向とは逆向きに座っているのである。

理由はすぐに推測できた。
ふたりはわたし以上に薄着で男性の方はジャンバーさえ羽織っていない。
年は22、3歳といったところか。
なかなかのハンサムボーイとビューティフルガール。
お似合いのカップルである。

景色をあまり見ていないのはわたしと同じなのだが
年寄りグループは黙って寒さに凍えているのに対して、
ふたりはぴったりと寄り添って離れず、会話に夢中なのである。

わたしがあんまり熱心に見ているものだから、
後の仲間も前のカップルの観察を始めて勝手なコメントをつぶやく。
声は全く聞こえないし、透明のアクリル樹脂をはさんで、
車両一両分の距離があるのでそれほど目立つ行為ではない。

年寄りのつぶやきを詳細に分析すると
まぎれもなく若さに対しての妬みがある。
いまさらあのひりひりとした感覚の若い時代に再び戻りたいとは思わないが
それでも内心ではそれがうらやましいのである。

「あのカップル新婚旅行なんかいな?」(それにしてもうらやましい)
「いや、そんな雰囲気でもないで」(それにしてもうらやましい)
「婚前旅行?」(それにしてもうらやましい)
「うーん、ようわからんけど」(それにしてもうらやましい)

トロッコはようやく宇奈月温泉に近づいてきた。
それにしても若さがうらやましい。
それにしても寒さがうらめしい。



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sceneryの風景

扇沢から黒部ダム、大観峰から室堂へと様々な乗り物を乗り継いで
観光する立山黒部アルペンルート。
ことしは雪の壁がすごかった。

高い所では14メートルの壁が両側にできている。
そういえば今年は雪の多い年だった。
それにしても室堂なども完全に雪に埋まっていて、
雪以外は何も見えなかった。

はしゃいでいたのは外国人。
観光客の半分以上が外国人だった。
中国からの人が多かった。

わたしは北京語と広東語の区別はつかないが、
中国語だということはわかる。
多分あの興奮ぶりをみると台湾から来た広東語を話す観光客だと思う。

生涯にはじめて見る雪がこの雪だとすれば
感激するのもわからないではない。



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