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            文章スケッチ   NO.0003
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ふたつの親切

正月明けの地元のヘルスセンターはかなり混み合っていた。
それなりの疲れもたまる正月を風呂にでも浸かってゆっくりしたいと、
みんな考えることは同じなのだろう。

男湯のロッカーも混雑していて空いているロッカーが少ない。
わたしの隣には孫がふたりいた。
里帰りしている娘の小1の子供と、隣に住む息子の中2の子供である。

全員が服を脱いでいざロッカーを閉じようとしたとき、
100円玉が1枚しかないのに気がついた。
このロッカーは後から返却はされるのだが
ロックするのに100円玉が必要なタイプなのである。

さっき家内からいつものように100円渡されて、
何気なくわたしの分だけ受け取ったのだが、
今日は孫たちの分としてもう100円必要だったのだ。

「どうしよう」と三人。裸ん坊のままで途方に暮れていた。
いまさら女湯に行って100円もらうのもタイミングが悪すぎる。
三人がわあわあ言い合っていると近くにいた若者が、
「これ使ってください」と100円玉を差し出してくれたのである。

まったくの見ず知らずの人である。
「ありがとうございます。でもどうしてお返しましょう」
とわたしが言うと、
「いいですよ。差し上げます」
と言ってくれたのである。

公衆電話で10円か20円を都合したことは、わたしにもある。
でも100円は赤の他人に差し出すにはちょっとした金額だと思う。
感謝して受け取ったが、わたしにはできそうもない親切である。

今年は正月からこのように感心できる出来事があったので、
今年もきっとツキのあるいい年になると、
気分よく湯船に入ってふと隣を見ると、小学時代からの幼馴染だった。

へえ、早速ツキがある。
こんな偶然もあるんだとゆっくりといろんなことを話した。
孫二人は勝手に遊んでいるのでわたし自身はのんびりとできる。

湯から上がり家族みんなでヘルスセンターの食事処で昼食を済ませ、
わたしはいつものように畳の休憩室にごろりと寝転んで、
大好きな漫画を読んでいた。
すると誰かがわたしの横にぬっと立ったのである。

見ると先ほどの幼馴染である。
ビニール袋に一杯詰め込まれた大根を手にしている。
「新鮮な大根やで食べてよ。あれから一回帰って、畑から抜いてきたんよ」
と、ニコニコしている。

こんな親切もわたしにはとてもできそうもない。
他人様と幼馴染から何かもらったから言う訳でもないが、
今年も何となくいい一年になりそうな予感がした。



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sceneryのひとこと

久しぶりに娘が孫を連れて実家に帰ってきた。
孫は小学一年生の男の子。腕白盛りである。
しばらくなら一緒に遊んでいるのは楽しいが、
正直、長い時間はくたびれる。

特にお風呂である。
孫は「おじいちゃんと入りたい」というし、
娘にも勧められる。

孫にとっては風呂場も遊び場の延長である。
日常とは違うので興奮して湯船にもろくに浸からず、
体も洗わせない。
湯冷めは気になるし、とにかくてんやわんやなのである。

だから一日地元のヘルスセンターに
全員で行こうと決まったときには心底ほっとした。
家内とふたりの生活に戻っても、今年もヘルスセンターには
当分老夫婦の楽しみとして足しげく通うことになるだろうと思う。



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