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            文章スケッチ   NO.0007
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悲しい言葉

たった1軒の店がその通りの雰囲気を色濃く作ることがある。
強い個性が感じられる店で飲み屋などが多いかも知れない。
大阪駅近くの地下街にあった「松葉」という立ち飲みの串カツ屋が、
そういう種類の店だった。

ふたつの地下鉄の改札口にも近く、店の前の人通りは絶えない。
黒っぽいスーツのビジネスマンが忙しそうに通りを行き交い、
久々の外出で精いっぱいのおしゃれをしてきたに違いない
華やかな女性などもよく見かける。

だが「松葉」が朝の10時頃に店を開けると、
どこからか染み出て来るようにラフなジャンパー姿のおじさんや、
気楽な大阪のおばさんなどが酒を前にして串カツを頬張る。

その場所だけがまるで異次元の空間のように場違いなのだが、
しゃれた大阪の地下街に不思議と場違いのままで調和しているのである。
さすがにわたしは朝から飲むようなことはないが、
この通りの雰囲気は嫌いではなかった。

その「松葉」が店を閉じさせられてからもう一年以上になる。
これは又聞きの話で事実かどうかはわからないが、
終戦の混乱に紛れて「松葉」は公道上で店を始めたらしい。

「松葉」が消えるとその通りは無味乾燥な人々が行き交う
機能だけのただの道になった。

帰り道、ちょっと飲み足りないときには良く立ち寄ったなぁと
「松葉」があったあたりを懐かしく思い出しながら
階段に差しかかったときである。

ひとりの中年の男が先を歩く人々を突き飛ばすような勢いで
階段を駆け上がってきた。
わたしを追い抜きながら男は大声ではっきりと口にしたのである。

「そんなことは教師の仕事やないよ」
「教師の仕事は授業」

じゅ、と、ぎょうとの間に奇妙な間があって
実にリアリティに溢れるつぶやきだった。
彼の頭の中では目の前に誰か、明確に論争する相手がいて、
歩きながら真剣な議論を交わしているのだろう。

壊れている。
壊れかけている。
彼の後姿を呆気に取られて見送りながら
わたしの頭の中に自然にこみあげてきた言葉。

昔は「おもちゃが壊われた」とか
「茶わんを落として壊した」とかごく普通の言葉だった。
でも今は恐ろしい響きと力を持つ言葉に変った。

「壊れる」悲しい言葉である。



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sceneryのひとこと

最近のニュースは壊れた人のニュースが異常なほど多い。
昔に比べてニュースが氾濫しているということも確かにあるとは思うが。
社会の息苦しさ、生きにくさが関係しているのは間違いない。

効率化を求めるあまり、余裕やおおらかさが消滅してしまった。
生活は確かにより便利にはなっているのだろうが、
これが我々がめざすべき文明の進化の方向なのだろうか。

日常の風景では今まで暗い話題はできるだけ
意識的に取り上げなかったのだが、
社会の何とも言えないこの圧迫感、閉塞感は、
ひとりひとりに無意識の影響を与え続けているに違いない。



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