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蜂蜜と遠雷

図書館に予約しておいた恩田陸の小説「蜂蜜と遠雷」を受け取って、
何気なくページを繰ったとき、一瞬えっと思った。
最近の新刊ではほとんど見かけない本格的な上下二段組みで
活字の密度が圧倒的に濃い本だったからである。

もしこの本を書店で手に取っていれば、
いくら話題の本だったとしても内容を吟味するまでに、
元の本棚に戻しただろうと思う。
小さな活字で密度の高い本は年寄りには仇なのである。

二段組みにもかかわらずこの小説を読了することが出来たのは、
図書館で予約して一年近く待たされ、次に待っている人のために
借り出しの期限内に必ず返却しなくてはならないという
不自由な制約のおかげという気がする。

直木賞と本屋大賞をダブル受賞したこの「蜂蜜と遠雷」
一時期の熱気が醒めたこの時期に読んでも
やはり最高点の評価が付けられる素晴らしい小説だった。

小説の舞台は3年ごとに開催される
芳ヶ江国際ピアノコンクールという架空の町のコンクールの詳細。
挑戦者のピアニストたちが、コンクールの1次2次から3次予選、
そして本選から優勝へと成長して行く物語。

様々な時代の作曲家。多彩なピアノ曲。
個性あふれるピアニストたちの演奏スタイルを通して
言葉で音楽を鳴らすという難しい試みをずっと最後まで貫いている。

主人公の風間塵は16歳。
父親が養蜂業で採蜜の移動の旅をしつつ暮らしてきた。
自然児だがピアノの天才で彼は自分のピアノさえ持っていない。

大自然と一体となれる感性を奔放に発揮し、
斬新でありながら人の心の奥底に直接届く彼の演奏は、
権威ある審査員たちのオーソドックスな音楽基盤をゆるがす。
評価が分かれ、共感や刺激、様々な問題をあちこちで引き起こす。

その他にも栄伝亜夜、マサル・カルロス、高島明石など
個性的なピアニストたちが、様々な曲に挑戦して
読者を感動させてくれる。

言うまでもなく、文学と音楽とは表現の媒体がまったく違う。
言語だけで音楽を表現するのはほとんど不可能である。
言葉で音楽を描こうとすればメタファーに頼るほかはない。

だがこれほど多くの曲を表現しようとすれば
作者の表現力には当然限界が見えてくる。
事実この小説でも、前半の描写は圧巻であったが、
後半はやはり少し苦しそうであった。

この小説の素晴らしい工夫は宮沢賢治の『春と修羅』という詩集の
架空の現代曲が作曲されたことにして、
コンクールの課題曲に据えたことである。

この設定ならこの世には存在しない誰も知らない曲であり、
作者の好きなように音楽を表現できる。

事実、音楽の描写でありながら、メタファとしての風景を描き、
賢治の詩を様々に解釈し、
「永訣の朝」での有名な死にゆく妹の言葉。
「あめゆじゅとてちてけんじゃ」なども
言葉で伝えられるメロディとして描き切った。

いずれにしろ今までに読んだことのない、
工夫にあふれた見事な音楽小説でした。



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sceneryのひとこと

主人公の風間塵は、一色まことの長編漫画「ピアノの森」の主人公
一ノ瀬海にキャラクターがとてもよく似ている。

何の根拠もないが、恩田陸もこの漫画を何度も読んでいるに違いないと
わたしには感じられた。
漫画ならオーケストラや楽器も描けるし、演奏家の表情も見せられる。
音楽は漫画の方が伝えやすいの媒体なのかもしれない。

それにしても最近は言葉で音楽を表現する試みが
やたら多くなっているように思う。

村上春樹の小説は昔から音楽が常に鳴り響いていたし、
本屋大賞をとった宮下奈都の「羊と鋼の森」しかり、
最近読んだ評判の小説、平野啓一郎の「マチネの終わりに」も
主人公はギターリストでクラッシックのギター音楽が
常に鳴り続けている小説だった。

これは単にわたし個人の本のチョイスの問題かもしれないが、
あらゆるジャンルの境界線があいまいにあやふやに溶かされて行くような
現代という時代の流れが多分に影響しているような気もする。



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