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            文章スケッチ   NO.0013
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野良猫の孤独

隣の家に息子家族が住んでいる。
息子の家のベランダの床下に、
この一ヶ月ほど前から野良猫が住みつくようになった。

野良猫とは言っても、白と黒の毛並みもふさふさとしていて
どこかの飼い猫であったような気配を漂わせている。

これは何の根拠もない全くのわたしの想像なのだが、
ひとり暮らしの老人に飼われていた猫なのではないだろうか。
ある日老人が亡くなって住処を亡くした猫。

人間不信に陥っているのか、老人であるわたしの顔を見ると、
素早く床下に身を隠す。
だが隣の中学生の孫には気を許しているようで、
孫はたまに気まぐれにエサ与えているようだ。

それが隣のベランダの床下に住処を決めた
理由の一つであるのは間違いがない。

毎木曜日はわたしがなじみの店に飲みに出かける日である。
北風が吹きつける寒い夜だった。
飲み屋に出かけるために玄関のドアを開けたとき、
その野良猫がベランダの上で身動きもせずに立ち尽くしている姿を見た。

厚いカーテンから漏れてくる光の向こうを覗き込むようにして
鳴くこともなくじっとして動かない。
猫に気づいたのは寒空のなか外に出たわたしだけで、
孫も家族も誰も知らない。

猫はエサを待っているようにも見えるし、
窓越しではあるが部屋のストーブからごくわずかに漏れる温みで
暖を取っているようにも見える。

いずれにしろ、何んとも言えない、やるせなく切なく哀しい風景だった。
これから本格的な厳しい冬を迎える。
この猫の運命はこれからどうなるのだろうか?

ふと、先ほどニュースで見たアメリカ合衆国を目指す
中米の多くの人々の思いが重さなって見えた。
何千キロも命がけで歩きに歩き、
届いた先が、ぴしゃりと閉ざされた国境の壁である。
猫のアルミサッシの窓と同じように開かれることはない。

これから飲みに行こうという華やぎ弾んだ気分が、
一気にしぼんでしまい、気持ちは落ち込んだが、
さりとてわたしにはどうしようもない。
いつものように飲み屋に向かってペダルを踏む。

でもこんなしおらしい感傷も飲み屋の連中と出会って、
陽気なバカ話で盛り上がれば、すぐに消えてしまうだろうということは
自転車をこぎながら自分でも情けないほどに自覚していた。



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sceneryのひとこと

かわいそうな野良猫を見て思い出したことがある。
まだ現役で仕事をしていた頃である。
雪がしんしんと降り続く夜遅くに車で家に帰ってきた。
ガレージのない露天の駐車場である。

あくる日の朝、わたしの車の下で一匹の子猫が死んでいた。
エンジンを切ったばかりの車の下は暖かいので、
車の下に潜り込み、ひと時の暖を取りながら凍死したのだろう。

まるで「マッチ売りの少女」ではないかとその時も感傷的になった。
小学生の頃泣きながら読んだ「マッチ売りの少女」
彼女も冬の夜、寒さに耐えきれず
売り物のマッチに火をともし、わずかな温みを感じながら死んでゆく。

この世の中、どうしようもないことはどうしようもない。
その時の感傷的な気分も合わせて思い出した。



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