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            文章スケッチ   NO.0020
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清掃日のご褒美

朝の食卓にコンクリートと金属とがこすれあうような
かすかな音が窓の外から耳に入ってきた。
ほとんど一年に一回しか聞かない音だが、すぐにわかった。
「いけない、今日はみぞ掃除の日だった」

時計を見ると、町内一斉側溝清掃の開始時間のわずか5分前だった。
あわてて残りのコーヒーを飲み干し、作業着に着替え、長靴を取り出し、
軍手をはめ、道具を持って表に出た。
2分ほどは遅れたが、幸いそれほどひどい失敗にはならなかった。

すでに作業している人は隣人のひとりだけ。
「ご苦労様です」と声をかけ早速わたしも側溝に入った。
側溝とは言っても昔は清流の小川が流れていた場所。
幅は1メートル近くあるコンクリート製の大きな排水路である。

排水路には背の高い植物がジャングルのように茂っていた。
その植物の間を縫うようにして水が流れている。
一年もそのままに放置しておけば水路は確実に埋まって行くのだろう。
わたしは早速その植物の除去作業に取り掛かる。

自治会主催の清掃日。
5年ぐらい前なら近隣の住人が4〜5人はこの作業に従事していた。
だが今は80歳半ばの隣人と古希をとうの昔に超えたわたしの二人だけ。

わたしと隣人の受け持ち範囲は自宅の周辺約10メートルぐらいだが、
排水路はその先もずっと琵琶湖まで続いている。
先の水路にも建物は密集して建っているのだが、
学生寮であったり、アパートだったり、事務所であったりで、
清掃日に人は誰も出てくれない。

だから作業する人が出ている次の区域まで
70メートルか80メートルの長い区間を老人ふたりの奮闘が続く。

自治会主催の作業に出ることができない家庭から、
罰金を取ったり、強制的な圧力をかけたりすることには大反対である。
そんな自治会なら無くてもいい、いや、無い方がいい。
あくまでも自発的に地域社会のための奉仕活動に徹するのが自治会。

清掃活動のご褒美はいろいろとある。
毎年出ていると、自然のたくましさや変化を肌で感じることができる。
今年は用水路の中にザリガニやタニシ、ちいさな巻貝などをたくさん発見した。

コンクリートの排水路に草やコケが生えやすいということは、
人工的なコンクリートが自然に馴染んできたという証である。
植物が繁茂できる環境は小魚や貝などにも快適な環境なのである。

わたしの子供の頃はこの排水路は清流が流れる小川だった。
夏になると蛍が飛び交い、小鮎の集団が素早い泳ぎを見せた。
両側の石垣からは青々としたセりが勢いよく顔をのぞかせ、
わたしの祖母は洗濯板を使ってよく洗濯をしていた。
ほんとうにたまのことだが小川で
スイカやトマトを冷やして食べるのが楽しみだった。

無機的などこにでもあるコンクリートの排水路にすぎないのだが、
わたしに取っては人生の思い出がいろいろ詰まった特別な水路。
年に一回の肉体労働を終え、シャワーを浴びて昼間から飲むビールは格別の味。
これもご褒美のひとつになるのだろう。
来年も元気でぜひこの作業を続けたいと思う。たとえひとりになっても。



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sceneryのひとこと

自治会の活動は地域社会を守ってゆく、お互いに助け合いをするという
伝統的な日本の村社会のよい風習を引き継いでいる最後の組織だと思う。
もし自治会が無くなればたちまち地方行政が困ってしまう。

だからといって罰金を課したり、無言の圧力で隣人同士が監視しあうような
自治会なら無くなっても仕方がないと思う。

自発的に参加できる人がある程度の努力をして、
それでもどうしても維持ができなくなれば、
時代に呑み込まれたと割り切って諦める方がいい。

今の若者の状況は時間的にも社会的にも経済的にも余裕がない。
ぎりぎりの状態で働かされていて、
みんな自分の仕事をこなすだけで精いっぱいなのである。

老人は老人だけで自治会を守ろうという覚悟を決めた方がいい。
もうすでに自治会のメンバーも老人会のメンバーもほぼ同じ顔ぶれである。
将来のことを考えてももうどうにもならない。
自治会が無くなれば、まず地域住民の弱者が困るだろうし、
行政サービスも近隣の助け合いも立ち行かなくなるかもしれない。

バブル経済が一度はじけなければみんな気がつかなかったように
徹底的に荒廃した後からなら
また別のものが自発的に新しく立ち上がってくる可能性もある。
それこそが本当の意味での再生になるのではないかと思う。



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