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            文章スケッチ   NO.0012
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小学校での奇跡

わたしの母校である小学校はオーストラリアに姉妹校を持っている。
具体的な交流もかなり活発で、
毎年交互に生徒や先生が互いの国を訪れ、
交流を深めるプログラムもずっと続いている。

今年はオーストラリアから日本を訪ねる年回りだったので、
ボランティア通訳を依頼された。
正直なところ大した英語力でもないのだが、
今年で3回目の参加なので要領はもうよくわかっている。

打ち合わせのために事前に集まったボランティア通訳も
みんな顔見知りで、ほとんどが同じメンバーだった。

3日間、先生や児童達と同じ教室で授業を見学したり、
給食を食べたりして共に過ごす訳だが、
今年わたしが担当したクラスはかなり深刻な問題を抱えていた。

学校のような規律のある団体生活に
ほとんど馴染むことのできない児童がひとりいたのである。
授業中に勝手に立ち上がったり、教室から出て行ったり。
そこらあたりまでは仕方がないなとわたしも黙認できた。

だが他の児童が給食の用意で忙しく立ち働いている時に、
どうしても見逃せないことが二日目に起きた。
彼は手先が器用なんだろうと思う。
割りばしと輪ゴムで作った手作りの弓矢で遊び始めたのである。

A4ぐらいの白紙の的を児童に持たせて教室で矢を放つ。
矢は割り箸をセロテープでつなぎ合わせ倍の長さにしていた。
割り箸なので紙に命中しても矢は貫通せずに下に落ちる。

それが不満で彼は割りばしの先をナイフで削り出したのである。
わたしの目から見ればそれはもはや玩具ではなく凶器である。
時々その凶器を周りの児童に向けたりもしている。
さすがにこれは先生も見過ごすことができない。
20代の若い先生と児童との説得とにらみ合いが続く。

問題の児童は頭もかなり良い。
先生の諄々とした説得に、自分なりの理屈をつけて、
乱暴な言葉ながらもきちんと言い返している。

先生はついに割りばしの矢を児童から取り上げた。
「返せ」という児童の言葉を無視して
みんなで「いただきます」と給食を食べようとしたとき、
癇癪を起した生徒が自分の前に合った3つの給食の容器を
豆でも撒くかのように順番にあちこちに放り投げた。
5人のオーストラリアからの生徒の前での修羅場である。

だが、この修羅場で奇跡のようなことが起きた。
2、3人の児童が黙って自発的に立ち上がり、
箒や雑巾を手にあたりに散らばった給食をかたずけ始めたのである。

ある児童はわたしのところに来て、
「気にしないで、というのは英語でどういいますか?」
と聞いてきた。
「うーん、ドント ケアかドント ウォーリーでいいと思う」

わたしには児童がわたしに尋ねた意味がとっさにはよくわからなかった。
児童がオーストラリアからの生徒に向かって
「ドント ケアとかドント ウォーリー」と説明しているのを見て
初めてその意味が分かったのである。

このようなトラブルは今までに何度もあったに違いない。
だから咄嗟にこんなにもやさしく、思いやりのある
自発的な行動がみんな取れるのだ。

先生にも児童にも厳しい環境のように思えるが、
だからこそ素晴らしいクラスに育っているような気がする。



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sceneryのひとこと

この文章は何らかの形で担任の先生に届けたいと思う。
あの時、もしわたしが先生の立場なら有無を言わせず弓矢を取り上げ、
叩き折って怒鳴り散らしていただろう。

だが先生は感情を抑えて、淡々と説得していた。
そんな姿を生徒もよく見ている。
無駄だと分かっていても何度も説得する。
そんな姿勢を見せることが本当の教育になっているような気がする。

まじめにがりがりと机に向かって勉強させるのだけが教育ではない。
大人になるにつれて世の中には理不尽なことが増えてくる。
努力しても報われない。正しいことが無視される。
約束は平気で破られる。

その不条理とうまく付き合ってゆくことが社会に求められる。
このクラスの児童はみんなそのことを学んでいるような気がする。

でもそうは言っても、クラスの担任は大変です。
大変なストレスをかかえていることでしょう。
あんまり一人で頑張りすぎないでください。
一人で抱えすぎないで、周りのみんなを巻き込んだ方がいいです。
英語に Adversity is the best school ということわざがあります。
いい教育者になれると思います。感心しました。



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