*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*
            文章スケッチ   NO.0021
*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*

病院の談話室にて

彦根市立病院の各階北側に面している談話室から見る景色は、
まるでリゾートホテルにでも来たような見事な景観である。

2メートル以上もある透明の厚いガラス板が正面に張り巡らされており、
5階の病棟からも180度のパノラマから明るくて広い青空、白い雲、
それに琵琶湖、多景島、竹生島、彦根市内、彦根城などが一望できる。

ガラス板のすぐ下には談話室をぐるりと取り囲むように
カウンターの机が設置されており、
景観に向かって適当な数、椅子がある。

この椅子とカウンター机は、私にとってはこれ以上は望めない
理想的な読書空間だった。

今年の8月の彦根は異常な酷暑が続き、自宅での日中はつらかった。
この場所なら外からはいっぱいの光が差し込み、
低すぎない温度に調整された冷房が快適。
喉が渇けば自動販売機が目と鼻の先にある。

目が疲れて本を伏せれば、目の前には心を洗われるような景観があり、
雲の動きや形をぼんやり眺めている時間も悪くなかった。
病院だからこれほどのロケーションなのにあまり人が来ない。
わたしひとりという時間も多かった。

それにしても人の人生はいつどこでどうなるかは予測ができない。
先おとといまではいつもの時間が流れるだけだった。
振り返ってみて反省すべき点は気分にまかせてやや飲み過ぎだったことと、
そのあと横着にも自転車に乗ったということである。

自転車が自宅近くになったとき歩道のちょっとした段差にハンドルを取られ、
バランスを崩したところまではよく覚えているが、
その直後の記憶はあやふやである。

多分自転車ごと地面に倒れこみ、しばらくは身動きができなかったのだろう。
「どしましたか」「大丈夫ですか」と心配そうにわたしの顔を覗き込む
外国人のカップルに助けられ、自宅まで送ってもらった。

玄関に出できた家内も動転してしまって、
親切な外国人の名前も住所も聞けずじまいだった。
顔もまったく覚えていない。次に町で出会ってもわたしにはわからない。

その夜、道路に打ちつけた右肩の痛みがいつまでも取れず、
市立病院の救急外来に息子に連れてきてもらい、
肩の脱臼と診断され三角巾で腕を吊った。

翌日正規の診断で脱臼に加えて肩腱板断裂が判明。
即日入院、翌日手術。そしてあくる日の談話室へと物語は続いて行く。
それにしてもわたしは環境に順応しやすい性質だと自分でも思う。

手術をしたばかりだから、体を動かすたびに右肩が痛む。
でも、じっと静止している分には痛みはない。
本のページも左手でめくれば差支えはない。
だからわたしは一日ここで読書を楽しんでいる。

一週間の入院生活で3冊の単行本がまとまって読めた。
病院の環境はわたしにとってはそれほど悪いものではなかった。
もし人生のラストステージが近いのなら、
わたしはその時を自宅よりも病院で迎えたい。もし許されるのなら。



----------------------------------------------------------------------
sceneryのひとこと

一週間に読んだ本は村上春樹の「ノルウェイの森」上下巻。
再読だがほとんどストーリーを忘れていたので、新鮮な衝撃。
それと大沢在昌のハードボイルド新宿鮫のシリーズ。

病院で読む本は外れのない自分の中で評価が安定している本がいいと思う。
もし入院されるようなことがあれば、
もちろんそんな機会など無いに越したことはないのですが、
今までに読んだ中で好きな本の再読がお勧めです。

環境になじみ易い性格はわたしの生きてきた時代と
密接な関係があるのかも知れません。

わたしは戦後生まれですが、子供のころは電気は電灯を灯すだけのものでした。
水道もなくバケツで風呂に水を入れていました。
家の前の小川で祖母が洗濯板を使って洗濯をしているそばで遊んでいました。

そんな時代から今はトイレに入ると蓋が自動的に上がります。
パソコンやタブレットを使ってインターネットの世界を十分に堪能できます。
たった一代の生活でありながら考えられないぐらいの変化です。

わたしたちの世代は変化につぐ変化を喜んで受け入れてきたし、
振り返って考えてみても悪い変化ではありませんでした。
むしろ変化にはツキがありました。ラッキーだったのです。

だから今回の事故もすぐに諦めて、受け入れて、馴染んでしまう。
後から振り返ったときにはそれほど悪いことでもなかったと
楽天的に考える思考方法が長年の経験で身についてしまったのかも知れません。

たぶん今の若者の環境ならあり得ないことでしょう。
時代はひとりひとりの性格にも大きな影響を及ぼすのだと思います。



----------------------------------------------------------------------
発行者 scenery
north@zd.ztv.ne.jp
HP 日常の風景
http://www.zd.ztv.ne.jp/scenery/

----------------------------------------------------------------------
日常の風景が本になりました。ご覧ください。
http://www.geocities.jp/scenery_jp2/book/book.html

----------------------------------------------------------------------
このメールマガジンは、

『メルマ』  (マガジンID: 50779) http://www.melma.com/
『まぐまぐ』 (マガジンID: 79888)   http://www.mag2.com/

を利用して発行しています。

----------------------------------------------------------------------
メールマガジンの退会・解除は
http://www.zd.ztv.ne.jp/scenery/ からお願いします
----------------------------------------------------------------------