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            文章スケッチ   NO.0025
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小さな幸せ

老夫婦ふたりだけの暮らしである。
食事が終わった後の洗い物などもそれほどの量があるわけではない。
朝食が終わり、食器を集め、流し台の前に立つ。

生活にどうしても必要な日常のルーチン作業は、
できるだけチャチャッとリズミカルに終わらせてしまった方がいい。
リズムがあれば食器洗いは楽しい作業とは言えないまでも、
それほど苦にもならない。

流し台でガス給湯器のリモコンスイッチをオンにしてから、
水道のレバーを左に、お湯が出る方向にひねる。
それからレバーを上にあげると、勢いよく蛇口から水が流れ出てくる。

冬の朝一番の水道水は、深夜の夜の冷気を十分に吸収している。
最初に出てくるのは飛び上がるほどに冷たい氷のような水である。

30秒も待てばお湯になるのはわかっているのだが、
水道なんて便利なシステムがなかった時代の記憶もまだ鮮明に残る、
昭和の王道を歩んできた戦後世代。
むやみにただ流れ落ちる水がなんとなくもったいないのである。

だから手が千切れるほどに冷たい水で皿の洗剤をゆすぐ。
2、3枚も洗っているうちに、
やがてニュートラルな普通の水という感覚がほんの少しの時間流れ、
急に温かなやさしい温度のお湯になる。

氷、水、お湯という三色旗のような見事な感覚の変化が味わえる。
しびれるような冷たさの水から温かいお湯への変遷。
お湯は手を温めてくれるだけでなく心まで溶かしてくれる。
とても幸せな感覚に包まれるのである。

だが冬の朝の食器洗いが
いつもいつも小さな幸せに満たされるかというと
そうではない日の方が多い。

せわしなかったり、妻と軽い口論をして気持ちがささくれ立っていたり、
テレビのニュースに気を取られたりと、
様ざまな障碍物が心を乱す。

人間は生きているというこの瞬間の連続が幸運そのものなのだから、
このような具体的な小さな幸せを感じられるときは、
その感覚以上に日常でありながら非日常的な
心静かで喜ばしい貴重な時間が流れたのかもしれない。



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sceneryのひとこと

我家のシンクには備え付けの自動皿洗い機も備わっているが、
今までにほとんど使用したことがない。
洗い物をセッティングする時間より手洗いの方が簡単だからである。

夕食後の洗い物は、油気のない簡単な小皿、
例えば果物やお漬物を置いただけのものはその場で水洗いをして、
水切りラックに立てかけて置く。

油物の皿やべとついた皿は、洗い桶に一晩浸ける。
時間はかかるが水はとても優れた洗浄剤なのである。
「水と油」という言葉が示すように、水に浸けると油は自然に分離する。

ご飯の茶わんも一晩水に浸けておくと、朝には水洗いだけでOK。
ナットーなども水に浸けるだけできれいに落ちる。
ただ水に浸けて朝まで待つだけで、洗い物の労力は1/3ぐらいで済む。



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