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            文章スケッチ   NO.0040
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風呂からの鳥人間

いつもなら昼前の風呂場を訪れるのは私たちだけだった。
昨日泊った客はもう彦根城かどこかに観光に出かけたはずだし、
今日のお泊り客が利用するにはまだ早すぎる。
昔と違って風呂だけを使う日帰り客もほとんどいない。

だが今日は様子が違った。
昼間なのに他の客の姿がチラホラと見える。
その理由は見当がついた。

今日は読売テレビ「鳥人間コンテスト」の
予選が行われる日なのである。
昼風呂を訪れている人は出場者と何らかの関係がある人に違いない。

6階にあるホテルの風呂場からは、
コンテストの会場である水泳場と琵琶湖が
何の障害物もなしに見通せる。

砂浜には転々と三色パラソルが並び、
防風林の緑の隙間に青や黄色や赤のテントが並んでいて
カラフルでにぎやかなたたずまい。天気も申し分がない。

遠く向こうに人力の飛行機が飛び立つ巨大なプラットホームが組まれている。
風呂場からはかなり距離があってそれほどの迫力ではない。

鳥人間コンテストは毎年彦根市の夏の一大イベントになった。
わたしの自宅から自転車で10分も走れば会場に到着する。
自宅が絶好のロケーションに位置する全国イベント。
だがわたしが直接コンテストをこの目で見たのは生涯で一度だけだ。

大騒ぎして飛行機が飛ぶのは一瞬。
その後は壊れた飛行機の残骸の後かたずけやら準備やらで、
次の飛行機が飛ぶのは早くても30分はかかる。

テンポが超がつくほど遅い上、夏の日差しは強く暑く、
鳥人間の現場は野次馬として訪れるにはあまりにも過酷なのだ。

その点今日はラッキーだった。
夏になると毎年老人会の昼食会がこのホテルで開かれる。
家からタオルを持参して宴会前のひとときを大浴場でくつろぐのだが、
その窓から明媚な風景だけではなく鳥人間まで観られるのだから。

しかし風呂場からは遠くのプラットホームで
何をしているのかまではわからない。
貧弱な裸の老人3人が大きな窓に目を凝らして見つめていても、
一向に飛ぶ気配はない、宴会の時間が刻一刻と近づいてくる。

ほぼ諦めかけたとき、一機の飛行機が大空に飛んだのである。
プロペラが回っているから、これは人力プロペラ機の部門だ。
飛行機はプラットホームから離陸した後すぐに高度が落ちた。

だが操縦士が引力に抗うように懸命にペダルを踏む。
その姿は全く見えないが、番組を長く見てきたので想像はできる。
機体は今にも湖面に墜落しそうになりながら、
湖面から30cmぐらいの高度を保って滑空している。

神風でも吹かない限り、機体がもはや上に向くことはない。
低い低い高度で何とか懸命にその状況を保っている。
後期高齢者のわたしたちも同じだと思った。
風呂場から思わず「がんばれ、がんばれ」と無言で声援を送っていた。



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sceneryのひとこと

わたしたち老人会の正式名称は「栄寿会」という。
町の名前が栄町だから悪くないネーミングだとは思うが、
一目見れば年寄りの集まりだとわかる。

わかったからといってどうということはないのだが、
今までは老人会には入りたくなかった。
勧誘されてものらりくらりと先延ばしにしていた。

実は10年間ほど「宅老所」でボランティアをしていた。
活動は託児所の老人版、老人を一日預り、
手作りの昼食を共にしてできるだけ楽しくくつろいでもらうというような。

でも最初の主催者は元小学校の女の先生で、
彼女の老人に対する接し方にはかなり抵抗があった。
まるで老人を小学校の児童のように考えることが多々あった。
みんなで遊戯のような体操をしたり、唱歌を唄ったり。
老人になれば(私もそのひとり)こんな風に扱われるのだと。

だからボランティアとして世話をするのは問題なかったが、
ユーザーとして利用する気は全くなかった。

そんな経験があったので、町内の老人会にも抵抗があったのである。
だが、ひょんなことから入会することになり、
納得して入会したからにはと真面目に活動に参加していると、
あれよあれよという間に出世して、副会長はからくも断れたが、
今は会計を引き受けている。

よく考えてみれば、自治会も老人会も活動はほとんど変わらない。
自治会の会合に参加するメンバーの半分以上は、
老人会のメンバーなのである。
元気な老人で自治会も運営した方がうまくゆくかも知れない。



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