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            文章スケッチ   NO.0030
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花壇の蝶

今年の春、一鉢80円で買ってきて植えた日々草が
みごとに大きく育ち、一株に花が50輪以上もついている。

我家の玄関前にある花壇の大きさは1メートル半×2メートル半ぐらい。
そんな花壇に日々草が五株、花壇を縁取るレンガの枠も超えて外にあふれ
赤やピンクや白で花の森を作っている。
花で埋め尽くされ、下の土は全く見えない。

花作りが趣味でもなく、ただ単に花壇のスペースを埋めるためだけに
毎年春に安い花を買ってきては植え、
後は朝に一回だけ水を遣るだけのズボラな花作り。

息子に「親父はガーディニングではなく、プッティングや」
と冷やかされたこともある。

天気のよいある日の朝、新聞を取りに玄関のドアを開けたとき、
一羽のアゲハ蝶が花壇の上を舞っているのに気がついた。
モンシロ蝶を見かけることはたまにあるが、
近年アゲハ蝶を見ることはほとんどなくなった。

アゲハ蝶はやがて花の森に羽を休め、花の蜜を吸いだした。
立派で大きい黒い羽根に黄色の鮮やかな紋様。
陽光の角度によっては羽の黄色が金色に輝いたりもする。

わたしはその様子をじっと眺めながら、ふと子供時代のことを思い出していた。
夏休みにお気に入りの昆虫網を持って、
蝉やバッタやトンボや蝶々を追い掛け回すのに夢中だった。

今が子供時代のわたしなら、反射的に家から網を持ち出してきて、
花の上から網をかぶせてアゲハ蝶を捕まえようとしたことだろう。
蝶も危険には敏感なのでそんなに簡単には捕まらない。

奮闘してやっと捕えることができたとしても、
花壇の花は無残に散り、蝶の羽は網の中でボロボロになり、
その気高い美しさはもうどこにもなくなってしまう。

わたしの子供時代というのは粗野で、乱暴で、残酷だったと思う。
でも老人の今のわたしが子供時代のわたしを叱る気はさらさらない。
すべてが自然な振る舞いで輝くような生命のエネルギーに満たされていた。

幼き時のまぼろしを蝶に重ねながらなおも観察を続けていると、
蝶というのは確かに移り気である。
花の蜜を吸うのはわずか一口で、
落ち着きなく次から次へと花の間を移ろう。

わたしの人生もひょっとすればこの蝶のようなものだったのかもしれない。
誤解のないように付け加えれば、メタファーとしての花は、
わたしの場合は興味が持てる対象というぐらいの意味である。



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sceneryのひとこと

このような日常の風景を定期的に書き始たのは、
もう20年近くも前のことになる。
まわりを注意深く観察していると、次々とあたらしい発見があり、
そんなことを手帳にメモしては、作品として仕上げ、
わたしのホームページに発表していた。

当時はまだ現役のサラリーマンで、
彦根城のふもとの遊歩道を職場まで徒歩で通勤していると、
四季の移ろいや天気や気分で書くことはいくらでもあった。
小説などとは違い、短い随筆なので
出来不出来は別にして永遠に書き続けられるような気もしていたのである。

ところが年を取り、感性が鈍くなるのは仕方がないとしても、
最大の問題は感性よりも、感じても書く気力がなえてくることである。
めんどくさくなる、どうでもよくなる。

だから一度400号になったときに、
切りの良いところでホームページは完結とした。
そして「文章スケッチ」と名前を変えて月に一度ほど細々と続けてきたのだが、
このコロナ騒ぎで完全に息の根が止まった。

いままでの癖でメモはたまには取っていたが、
作品になる気がしない。しようとする気力も湧かない。
まあコロナと共にフェードアウトするのも美学としては悪くないと納得していた。

花壇のアゲハ蝶を見て4か月ぶりにこうしてまた文章を書いているのは、
何が具体的なトリガーになったのかは自分でもよくわからない。
コロナの状況がそれほど変わった訳でもないのに。

まあ書くという行為に中毒性があるのは確かである。
文学好きの底辺をうろうろとさまようだけのレベルであったとしても、
観察し、それなりに構想をねり、組み立て、
仕上がったときのカタルシスはやはり他の趣味では代えようがない。

こうしてだらだらとぐずぐずといつが終わりか終わったのか
わからないままに続いて行くのだろう。
それはそれでよしとしよう。



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