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            文章スケッチ   NO.0044
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とまどう沈黙

わたしが住んでいる街は、昔からある古い街である。
一時期、廃校になった小学校の跡地に新築の家が盛んに建設され、
古くからの住民と、新しく来た住民とが混じりあう街になり、やがて、
その新住民のみんなも年を取り、元の老人が多い街に戻ってしまった。

老人は多いのにわたしたちの老人会「栄寿会」の会員は少ない。
死亡とか病気とかで年々会員も減ってきている。
組織率は老人全体の三割にも満たないのではないだろうか。

そんな「栄寿会」の会計をわたしが担当するようになって二年になる。
現役時代はマイクロソフトのエクセルを使ってよく仕事をしていた。
その時の知識が今の会計の仕事に生きている。

出納簿、決算書、予算書など計算が必要な場面では、
表計算のエクセルに計算式を埋め込んでシステム化した。
この年になってもまだ会社での知識が社会に還元できるのはうれしい。

でもその能力もかなり怪しくもなってきた。
「栄寿会」の会計はそんなに頻繁にお金が出入りするわけではないのだが、
会員から会費を集める年度始めだけは結構大変。

会費は年に三千六百円。
「何でこんなに中途半端な会費なの?」
と会長に聞いたことがある。

それには立派な理由があった。
年度の途中から入会される会員のためだった。
一ヶ月で三百円という割合になるので、
年度の途中からでも月割りで会費の計算がしやすい。

わたしも早速今年の会費の集金にでかけた。
まずは九十四歳になる「栄寿会」最長老の会員の家からスタート。
「こんにちは」
「はーい」
「栄寿会のKです。会費を集めに来ました」
「ごくろうさま」奥さんの声である。

やがて彼がのっそりと、玄関に近い部屋に顔を見せてくれた。
最近すこし調子をくずしていて、この間の総会も欠席だった。
「幾らやったかいな」
「三千六百円です」
張り切って答えた最後の六百円という響きがわたしの頭に残った。
「一万円でおつりあるか?」
「大丈夫です。おつりはたっぷりと用意してきました。ちょっと待ってくださいね」
と言いながら、彼の前に千円札六枚と、百円玉六枚を置いたのである。

わたしが自信をもって置いたお金を彼はただじっと見ている。
黙ってじっとお金を見ている。
お金を挟んで数秒の不思議な沈黙の時間を経て、
やっと気付かされた、おつりを二百円多く置いたことに。

「すみません、最近こんなことが多くなって・・」
と謝って二百円を引き上げると、やっとその場の緊張がゆるみ日常に戻った。
ふたりの老人がとまどった不思議な沈黙の時間だった。



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sceneryのひとこと

内容や名前を変えつつ半世紀以上も続いてきたわたしたちの文芸誌が、
ついに最終号を迎えることになった。
小説、詩、随筆、短歌、俳句など最近でも年に二回はきちんと発行されていた。

発行責任者で詩人だった、わたしたちの中心人物が
八十九歳で逝去されたのが終刊の理由である。
これが明確な理由であるのは疑いがないが、後期高齢者が多いこの文学集団。
みんな何となくその限界を感じていたのも確かである。

わたしたちの若いころは、文学青年、文学少女が全国どこにでもいて、
タケノコが生えるように同人誌なども盛んだった。
同人誌への投稿からから大きな賞を取り、
そして本物の作家へとデビューした人も少なくなかった。

時は半世紀流れて、もう同人誌の時代ではなくなった。
文学好きの若者はタブレットで本を読み、
ネットを通じてあたらしい作品を発表する。

同人誌の時代を生き、多少なりとも作品づくりにずっとかかわれたのは
幸せなことだった。
本を通じて具体的な友人、仲間、知人が沖縄から北海道までできた。

仲間との一泊旅行や花見、盃を酌み交わした機会も数知れない。
文芸誌を止める理由もそれなりにきちんとしていて、
とてもうまく着地できたのは、
長く続けてきた文学活動への何よりのご褒美だと感じている。



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発行者 scenery
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HP 日常の風景
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