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            日常の風景   NO.0105
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人間ドック

人ひとりがやっと横になれるスペースしかないベッドに、
からだの左側面を下にして、目に涙をにじませながら横たわっている。

「いちばん苦しい喉の入り口は通り過ぎましたからね」
若い医者はそういいながら、胃カメラの管をなおも押し込んでくる。
喉に麻酔をしているとはいえ、わたしのからだは入ってくる異物を押し戻そうとして、
激しい嘔吐感とともに、「ウェッ、ウェッ」と情けない原始的な声をあげるのである。

そんなとき、唐突に今から40年以上も前の、
初期の胃カメラのある情景を鮮明に思い出していた。

胃潰瘍ということで入院した父親だったが、
胃がんということも十分に疑われるような状態だった。

だから当時のハイテク最新医療器具である、胃カメラで検査することになった。
胃カメラは今ほど普及しておらず、飲み込む管の太さは、現在の3倍ほどはあった。
検査途中で事故が起こる可能性さえあったので、誓約書が必要だった。

そして、高校生のわたしが、父の胃カメラに立ち会ったのである。
医者は、京都大学から派遣されてきた。
それは地獄のような光景だった。
父親はえづきながら、口から胃液を絶えず吐き出していた。

胃の写真を撮るたびに、父親のおなかが、内部からあかるくひかった。
胃の中で、フラッシュ撮影が行われているのだ。
それはまるで、フグちょうちんにあかりかはいったような、ふしぎな光景だった。

あのとき感じた不安、心細さは今も忘れることができない。
父の病気のこともそうだったが、
なにより、経済的にこれからどうなるのだろうとそればかりを考え続けていた。

当時のことを思えば、胃カメラの技術の進歩はすごい。
カメラの先端を自在に動かすテクニックのひとつなのだろう、
医者は、シャッターを押すボタンを、左手に持ち替えたり、後手にもったり、
体を斜めにひねったりして、そのポーズがかっこよく決まっている。

写真を撮り終えて、管が食道を上に上にすべり出てゆくときは、
苦痛から開放されるという、ほっとする気持ちと相まって、ある種の快感でさえある。

検査が終わると、胃の写真もすぐにその場のパソコン端末で見ることができる。
粘膜の肉片が、約20枚ぐらい、ディスプレイいっぱいに表示された。
先生の説明が始まったが、わたしの目はそのなかの一枚に釘付けになった。
胃が出血しているのである。鮮血が流れている。

先生は写真を順番に説明してくれているのだが、
わたしの気分は上の空で、つぎつぎといろいろなことを考えた。
そして、例の写真にたどりつくと、
「これはピロリ菌の検査をするために組織を取った痕ですから心配ありません」
と、ひとことのコメントでつぎに進んだ。

(先生、こんなことは真っ先に説明してくれなあかんやないの!!)

わたしは、心の中で、鋭い突っ込みを入れていた。
結局、説明はほとんどなにも聞けなかった。



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sceneryの風景

気になっていた人間ドックが終わりました。
後は結果待ちです。

一泊の人間ドックは、検査が終わってから就寝まで、
時間はいっぱいありましたから、
気になっていた、村上龍の「共生虫」やっと読み終わりました。

現代社会の病んだ現象でもある「引きこもり」と
ネット社会の闇の部分をからませて、問題提起をした作品です。

題名の「共生虫」という虫のことを説明するのは一言では難しいのですが、
「共生虫」を自分のなかに持っているものは、選ばれた人間で、
人を自由に殺す特権が与えられているという設定です。

もちろん、この設定は妄想なのですが、
それをネットのメールや、掲示板を巧みに操って、
マインドコントロールを仕掛けてゆき、最後には、
仕掛けたものが、墓穴を掘るというストーリでした。

前半部分の問題提起は圧倒的でした。
実に科学的で、緻密に調べた感じです。
ただ後半部分の、まとめにはちょっと無理があるような気がしました。

作者の「あとがき」がちょっと印象に残ったので要約して紹介します。

現代の日本の社会は、希望を必要としていないのではないかと思う。
その理由としては、
社会全体が現状を正確に把握していないということに尽きる。
現実を正確に把握しないと、未来のことを考えることはできない。

もはや希望は社会が用意するものではなく、個人が発見するものになっている。
でも、そういう状況は巧妙に隠され、
古くて使い物にならない希望や、偽の社会的希望があふれている。
引きこもりの人々は、偽の社会的希望を拒否しているのかもしれない。

実は、上記のことを仲間の掲示板に書き込んだら、
現代社会の「希望」ということに関して、大論争になったのですが、
機会があれば、次の号にでも書いてみたいと思います。



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