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日常の風景 NO.0159
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ドバイの渡し舟
ドバイの観光地図を見ると、街の真ん中を大きな川が流れている。
川の上にはクリークとだけ、水色の文字で書いてあった。
調べてみると、クリークは川ではなく、運河という意味だった。
それにしても、信じられないほど川幅の大きな、悠然たる運河である。
ドバイが国際都市として栄える以前の古いアラブの面影を残す旧市街を、
見事にふたつに分けている。
向こう岸に渡るのに、もちろん橋はかかっているのだが、
地元の人々は、アブラと呼ばれる渡し舟を利用する。
日本の船でたとえれば、天井に簡単な布だけを乗せて走る、屋台舟といった感じである。
20人も乗れば、それだけで満席になってしまう。
渡し賃は0.5ディラハム、日本円にしてわずか15円である。
出発の時間は決まっていない。
満席になり次第、出発するのである。
たいていの場合、5分も待てばアブラは出発するし、次の船がその後に待機している。
気温は軽く35度を越えていた。だが湿気はない。
船が走り出すと、風がほほをなぶって心地がよい。
川の両側に並ぶ、ヤシの並木道、行き交うアブラ、白亜のイスラム寺院、
太陽に反射する近代的なビルなど、夢中になってカメラのシャツターを切る。
渡し舟乗り場を降りて、オールドスークと呼ばれている、
昔から続いている市場をぶらぶらと観光しながら「安い観光ボートやったね」
と満足げに、次の目的地を調べるため、ガイドブックを取り出そうとして、
はっと気がついた。
ないのだ。先ほどまで携えていたガイドブックがどこを捜してもない。
写真を撮ることに夢中になって、アブラの中に忘れてきたに違いない。
乗ってきたアブラは、わたしたちを降ろすと、すぐに向こう岸に引き返した。
ガイドブックは図書館から借りてきた本だった。
図書館には弁償するとしても、見知らぬ外国に来て、
日本語のガイドブックは、唯一の指針であり、羅針盤であった。
なければ、移動、宿泊、食事にも支障がでる。
ほとんど諦めざるを得なかったが、念のため、船着場まで引き返した。
10隻以上のアブラが川に止められている。
陽に焼け、屈強なからだつきをした船頭らしき仲間が、
車座になって談笑している。
白いペンキで塗られた、インフォメーションらしき建物が目に付いた。
木製の丸い建物の中に、目の大きな、ひげの濃いボスがいた。
わたしは、本を忘れたことを彼に伝えた。
彼は大きくうなずいて、まわりの者になにか指示してくれたが、それっきりである。
ここで待てと言っているのか、諦めろと言っているのか、それがどうもよくわからない。
なんとなく、中途半端で頼りない状況が続いた。
しばらくその場にたたずんでいたが、ラチがあきそうもないので、
もう一度向こう岸に戻ることにした。船と船頭の顔はなんとなく覚えている。
再び向こう岸に戻って、小口から一隻一隻、わたしたちの船を捜していると、
「本を探しているのか?」
と白い衣装に身を包み、たくましく陽に焼けたアラブの男から声が掛かった。
「本が見つかったからついて来い」と嬉しいことをいってくれる。
わたし達は、その男のアブラに乗り込み、再度向こう岸をめざした。
今度は、カメラも手にすることなく、水の青さ、空の広さ、風にそよぐやしの葉など、
クリークの風景を陶然として楽しんでいた。うれしかったのである。
そんなときである。川の真ん中で、船と船とがぶつかる軽い衝撃を感じた。
何事が起きたのだろうと、首をまわすと、先ほどの船頭と、わたし達の船頭とが、
川の真ん中で、ガイドブックを受け渡している。
こうして、ガイドブックは無事にわたしの手に戻った。
ふたつの船が離れていくとき、わたしは船頭に感謝の気持ちを込めて、
ちぎれそうになるほど手を振った。
いつまでも振り続けた。
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sceneryの風景
今回の旅行記はこれで最後にします。
時間はあるくせに、なかなか仕上げないわたしの悪い癖がでで、
9月に出かけた旅行が今頃フィニッシュです。
旅行の写真もまだ見ていない人は見てください。
http://www.imagegateway.net/a?i=JCwhXbHnTo
実は、これとよく似たことはウィーンでもしているのです。
「カールス教会の奇跡」として日常の風景にも書きました。
思い出してやろうという人は、下記のURLです。
http://www6.ocn.ne.jp/~scenery/nichizyo/05-2/karusu.html
わたしは、本を読むのは好きですが、本はほとんど買いません。
必要なガイドブックでさえ買いません。
図書館にない場合は、買うときもありますが、旅行から帰れば、
情報があたらしいうちに、ネットオークションですぐに売ってしまいます。
ネット時代を向かえて、図書館はほんとうに便利になりました。
家のパソコンから、蔵書の検索が行えるうえに、貸し出しの予約までできるのです。
人気のある本はすぐには読めませんが、忘れた頃に図書館から電話があります。
わたしが図書館を利用する最大の理由は、読む期限が決まっているということです。
本を購入してしまうと、かなりの本が、いつでも読めると、いつも読まないのです。
でも、わたしのようなひとばかりでは、作家や出版社は立ち行きませんから、
みなさんはぜひ、本も購入してくださいね。
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