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            日常の風景   NO.0212
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デトロイトの車椅子

海外に行く場合、時間的に便利なのはダイレクト便のある、
その国の航空会社を利用することである。
パリへ行くならエールフランス、ベルリンならルフトハンザ
ローマならアリタリア等々。

その国の首都でない、地方都市が目的地の場合には、特にその傾向は強くなる。
しかし、便利さと引き換えに料金は跳ね上がる。

我が家の旅の場合、料金の安いエアーチケットから順次探してゆくので、
どうしても乗り換え空港での、長い待ち時間という問題に直面することになる。

今回の旅も、カナダに行くのに、
アメリカのデトロイト空港で約8時間も待つことになった。
デトロイトからカナダのケベックまでは、後わずか2時間の距離なのにである。

デトロイト空港には、モノレールが免税店や飲食店や各ゲートなどの間を
頻繁に往復している。無料だし退屈なので何回か乗った。
隅々まで見学したが、これといって興味を魅かれるものは何もない。

疲れ果ててまだ出発までに1時間以上もあるのに、
出発ゲートのベンチにへたり込んでいた。
乗客の姿はまだちらほらぐらいである。

そんなとき、空港の係員に付き添われた、車椅子の老女がデスクの前に現れた。
老女は、白髪の柔らなな髪を、薄い栗色に染めていて、
車椅子の上で、背筋をぴんと伸ばしている。
身に着けているものも、薄い上品なピンクでなかなかおしゃれに見える。

付き添いの係員は、ベンチの一番先頭で待っていた、若い女性に何か声をかけた。
漏れ聞こえてくる言葉から推測すると、
ケベックの空港まで、この老女を連れて行って欲しいと依頼している。

若い女性は当然というように、深くうなずいた。
女性はあまりおしゃれには関心がなさそうである。
豊かな髪の毛を無造作に後ろで束ね、細い黒ぶちの眼鏡をかけている。
理知的でちょっと野暮ったい学校の先生のようにもみえたが、
彫りの深い、ギリシャ彫刻のような整った顔立ちでもあった。

空港の係員は、女性に老女を託すと、老女の手をとり、
その手に軽いキスをして、あっという間にその場から姿を消した。

偶然、飛行機のなかでも、老女の席はわたしのすぐ前の席だった。
驚いたことに、若い女性には恋人とおぼしき連れ合いがいた。
飛行機が出発するまでに、ふたりはかいがいしく
老女を抱え上げるようにしてトイレに連れてゆく世話までしていた。

そうして老女を座席に着席させた後、
一段落したので、自分たちの席に戻ろうとする恋人に、
女性が後ろから声をかけた。
老女の席にこのまま座って、話し相手になるといっている。

そのとき偶然、恋人の男性とわたしの目が合った。
彼は非常に微妙な表情を見せ、
わたしにだけわかるようにごく軽く肩をすくめた。

結局、恋人は別れ別れに座ったのである。
老女と若い女性は、まるで本当の親子のようにずっと話し込んでいた。

感心させられたことは、車椅子の老女から、
ぺこぺこと卑屈にへりくだる様子はけほども見たことがなかった。
ひょっとすれば、お礼の言葉も必要以上には言わなかったのではないか。
最後まで背筋を伸ばして、与えられる親切を自然に胸を張って受け取っていた。

車椅子で、一人旅が安心してできる文化、社会、システム。
見事としかいいようがない。



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sceneryの風景

日本ではこのような対応は無理だと思う。
日本には恥の文化が根づいており、
人様に迷惑をかけたくないという文化が根幹にある。

それはそれで悪くないと思う。
その国の文化をたいせつに考えて、そこからのスタートなのだと思う。
日本の文化を土台にしての弱者にやさしい、
日本にふさわしいシステムを考えなくてはならないとも思う。

日本には、このような場合、声を掛ける方にもためらいがあり、
声をかけられた方にもとまどいがある場合があって、
うまく善意を手渡せない場合が多い。

声をかけて欲しい、手助けしてほしい人は、
初心者マークのような、何か目立つマークを決めて、
服に装飾品のように張り付けるとか、ステッカーを表示するとか、
声をかけやすくする、工夫の余地はあると思う。

今回で赤毛のアンの旅シリーズは終わりです。
今回の旅の写真です。まだご覧になっていない方はどうぞご覧ください。
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