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            日常の風景   NO.0325
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正倉院展

平日にもかかわらず奈良国立博物館前はいっぱいの人だかりだった。
家内と共に正倉院展を訪れるのは2年ぶりのことである。
2年前の目玉展示物はかの有名な香木、蘭奢待だった。

蘭奢待のときは入館するまでに30分か40分待たされたように記憶しているが、
今年は混雑はしていたが、待ち時間はなかった。
ただし漆金薄絵盤と呼ばれる今年の目玉展示物の手前はかなりの行列ができていた。

張られたロープに沿って長い行列があるだけで、
壁の向こうの様子はまったくわからない。
行列の最後で「30分待ち」と書かれたプラカードを高く掲げた係員が、
入館客を整理していた。

「ただ今1列目で、うるしきんぱくえのばんを見られたい方は30分待ちになります」
と大声で叫んでいる。その後に続いて
「2列目からでもよい方はすぐに入場できます」
と、これは少しトーンを落としての説明である。

わたしは迷うことなく待たない方を選び、すぐに別の入り口から入場した。
どうしてもやむを得ないときを除いて待つのはあまり好きではない。

中に入るとすぐに展示物があった。
ちょっと薄暗い室内にスポットライトが当たっている。
解説パネルの説明によると漆金薄絵盤というのはお香を焚く台座である。
蓮の花びらに見立てられた台座は直径56cm、高さは17cm。

それほど大きなものではないが、32枚の花びらには
それぞれ表、裏共にすべて金箔がほどこされ、その上に
精緻でカラフルなデザインがきらびやかに描かれているので、
確かにメインの展示物にふさわしい。

1列目と2列目は距離にして1メートルも違わない。
間にロープで間仕切りはあるが、
立ち止まってじっくりと観賞するのには十分な距離である。

気の毒なことに、ガラスにへばりつくようにして鑑賞している1列目の人は
(30分も待たされたのだから当然の態度だとは思うが)
立ち止まることが許されない。
場内の係員がメガホンを持って「立ち止まらないでください」と
牛を追いたてるように急かせるのである。

それでもたまに粘って立ち止まる人がいるから、
時々1列目には人がいない大きな空間ができる。
こうなると人の頭越しではなく2列目の方が落ち着いてじっくりと鑑賞できる。

30分も並んだ人、ごめんなさいとニコニコしながら謝りたいような気分だった。



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sceneryの風景

本文にある漆金薄絵盤とはこのような展示物です。
http://mik2005.jp/shosoin/kids/treasure_04.html

2年前の正倉院展も日常の風景で書いたことがあります。
http://www6.ocn.ne.jp/~scenery/sample/11-1/ran.html

正倉院の展示物は、漆金薄絵盤のように多少の例外もあるにはあるが、
そのほとんどは地味なものばかりである。
日本のように湿度が高いと、いくら高床式で風通しのよい正倉院であったとしても、
長い年月にさらされた木や紙や布の痛みは隠しようがない。

そんな地味な展示物ひとつひとつに大仰な名前がつけられている。
たとえば
白牙把水角鞘小三合刀子(はくげのつかすいかくのさやのしょうさんごうとうす)
実際はひな祭りに飾るようなミニチュアの玩具の小さな刀

花喰鳥刺繍裂残片(はなくいとりのししゅうぎれざんぺん)
鳳凰を描いた刺繍であるが、半分以上虫に喰われ茶色く変色した布切れの断片。

こんなに地味な展示会にもかかわらず毎年これだけの人が
日本の宝物を見ようと集まってくれる。
わたしは日本の歴史に深い関心を抱く多くの日本人の心が嬉しい。

天女が着て、空中を自由に飛行するといわれる羽衣。
正倉院のすべての展示物は、歴史という羽衣を幾重にも纏っている。
だから色あせた布切れでさえ輝いて見える。



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発行者 scenery
north@arion.ocn.ne.jp
HP 日常の風景
http://www6.ocn.ne.jp/~scenery/

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日常の風景が本になりました。ご覧ください。
http://www.geocities.jp/scenery_jp2/book/book.html

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