沖島話

滋賀県の湖、、琵琶湖の中に浮かぶ島「沖島」は、現在250名ほどが生活しています。

世界的に見ても淡水湖の中で、人が生活しているのはすごく珍しいことだそうです。

島の歴史を紐解けば・・・

和銅3年(713年)近江の国守 藤原不比等(鎌足の子)が

現在の氏神「奥津島神社」を建立したことに始まったと言われ、

それ以前の沖島は神の島として湖上を行き交う舟人から航行の安全を祈願し

崇拝された無人島であったようです

平安時代初期には、柿本人麻呂が

「淡海うみ奥津島山おくまけて 我が思う 妹のことしげく」と万葉集で詠まれています

人が住み着くことになったのは、

保元平治の乱(1156年~1159年)の戦いに敗れた清和源氏の流れをくむ

源氏の落人7名が漂着してからの事だそうです

足利時代には行きかう船の監視など、湖の関所がありました

 

織田信長の時代にも沖島を湖上交通の要所として重要し、水運と水軍の拠点としていたようです

その頃、小谷城攻めに貢献した沖島の島民に沖島住民専用の専用漁場権が褒美に与えられました

その権利は時代の移り変わり中で400年にわたり受け継がれ、

漁業が島民の生活を支えていくことになります。

近年は、漁業従事者の高齢化・後継者不足・琵琶湖の生態系の変化など諸事情の問題はありますが、

漁家民宿 湖上荘は、沖島漁業を支えるみんながいる限り、沖島の湖魚の食文化を守っていきます。